聖ヴェロニカ
私が出会った「彫刻」の中で、最も印象深いのが、「長崎26聖人記念像」を制作された舟越 保武(ふなこし やすたけ)さんの「聖ヴェロニカ」像。
粘土を盛りつけていく塑像とは、あきらかに違う彫刻の研ぎ澄まされた感覚が作品から放たれていて、その洗練された美しさは、息を呑むものがありました。
また彫られた石は、「諫早石」という長崎産のもの・・ということも、何か感じるものがあります。舟越さん74歳の作です。
「聖ベロニカ」
『 ゴルゴダの丘で処刑されるキリストが、重い木の十字架を背負って苦痛に耐え、よろめきながら、石畳の道を辿る。
群衆は刑吏を怖れて遠まきに見ているだけであった。
十字架は肩に食い込み、キリストは苦痛と苦悩に、その顔はいたましく血と汗によごれた。
怖ろしいこの道行きの、沿道の群衆の中から、少女が一人とび出して、キリストの顔に跪き、白い布で、その御顔の血と汗をぬぐうた。
この少女がベロニカであった。刑吏達の威嚇の中で、少女には、ただいたわりのこころだけがあった。
キリストの生涯の記録の中に、ベロニカはここだけに登場する。
刑場に進むキリストに捧げるベロニカの心は、道行きの暗さの中の、一つの光となって、後の世まで消えることがない。
ベロニカの、この小さな行為には、いたましいほどの美しさがある。ささやかな、とも言えるベロニカのその姿が、なぜか鮮明に私の心に映っている。
この頭像は、私がベロニカに捧げる共鳴の、ささやかな、しるしにすぎない。 』
図録より(舟越さんのことば)
長崎・西坂の丘にある「長崎26聖人記念像」。
舟越さんが4年半の歳月をかけて、昭和37年に完成させました。
26聖人の像は、遠目で見ると、横長の十字架のデザインとなっています。
24体は手を合わせ、天に視線を向けていますが、2体(パウロ三木とペドロ・パプチスタ)だけは手を広げ、視線を落としています。
この2体は、舟越さんの説明によると、「下から見る人と視線が合うようになっており、その人の心を引き上げてくれる役割をする。いわば像の中の目にあたる部分」ということなのだだそうです。
舟越さんは、この26聖人像をつくる4年半の間、アトリエに寝泊まりし、制作に心血を注いだそうです。
制作記に「貧苦に耐えて制作した」とあります・・・
そして、こどもの頃から、この像を見るたびに気になっていたのは、特別に小さい2体、12歳のルドビコ茨木像と、13歳のアントニオの像です。
最年少のルドビコは混血児であり、差別とも闘いながら信仰を守り抜いた少年でした。
純粋な瞳でいたいけない少年の殉教の姿は、多くの見物者の涙をさそったそうです。
平成14年2月5日に舟越さんは亡くならていますが、ちょうどこの日というのは、405年前に26聖人が殉教した日にあたります。・・・何かしら運命的なものを感じますね。
そして「聖ベロニカ」像は、岩手県立美術館にあります。
たまに、疲れた時など、時々この像を見に行きたいのですが、さすがに岩手は遠すぎますね・・・。