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重なる困難こそありのままの自分で:世界一過酷なレースと繊細さん

こんばんは。急に冷え込んで冬の訪れを感じますね。
今年の秋はいつの間にか過ぎてしまいました(笑)
毎年ですが、秋の装いをもう少し楽しんでいたくて、ちょっと我慢している今日この頃。心が追い付かないのも、最近の幌です。

とにかく物事は重なる。
大きな事ほど急にドカドカと現れて山積みになっていく。
家族のこと、仕事のこと、自分の体のこと。
身内の不幸、結婚、転職、引越し、持病のこと。
ドミノ倒しになりそうなのですが、今、あえてnoteを書いているのは、頭の整理のためです(笑)だから、結論が見えていません。

けれどもここで、突然『世界一過酷なレース:エコチャレンジ フィジー大会』を紹介したいのです。昨日、Amazonプライムで拝見しました。

インドアな私とはまるで正反対な別世界。同じ人間とは思えないほど、彼らは強くて自信に満ち溢れている。
だけど、それ以上に困難が多過ぎる。だから『世界一過酷なレース』。

繊細ではとてもいられない。怪我なんてし放題。いつもの私なら見るわけない。そもそも屈強な人たちと私とは生きる世界が違う。
そう思っていました。
しかし、私のぐちゃぐちゃな心を前に進めてくれたのは、このむちゃくちゃとも言えるレース。

サイクリング、サップ、登山、遠泳。
ただそれだけじゃない。自然そのものが舞台なので、足場は最悪。苔の生えた川底は氷よりも滑りやすく、低体温症も招く。水の満ち引きで地形が変わり、ナビを誤る。傷から感染症で足が倍になる人もいた。

参加前にもハンデを抱えている人もいた。アルツハイマー病と戦いながら出場する人。父の自殺から立ち直りたい人。死産。重いうつ病から復帰しようとする人。誰にも抗えない老い。

ああ、この人たちも人間なのだと思った。
誰の前にも困難は多い。
映画でもなく、悲劇は重なる。
でも、冷静になって1つ1つ乗り越えなくてはならない。頭ではわかっているけど、動かない私とは反対に、このチームのメンバーは命の危機と向き合いながら、様々な課題をこなしていく。
時に棄権を選択するのも1つの決断。棄権は負けではない。客観的に判断できた証であり、また別の道が開けたことでもある。人生はレースのように、その人が足を踏み出す限り、続いていく。

彼らの意思は信じられないくらい眩しかった。インドの女性の地位向上を目指して、地元フィジーの誇りをかけて、良い方向にも悪い方向にも変わる自分を信じて。

こんなに私は強くないと正直思いました。でも、優勝したチームのキャプテンの最後の言葉に私は感銘を受けざるを得なかった。

人は誰しもが選手だ。
必死に働く人も、ここで挑んだ人も同じ。
人生という名のレースに参加している。

私たちは結局同じ「人」です。心もあり、挫折することも、課題もいっぱいある。病気も怪我も辛い過去も彼らにはある。大きな挑戦をした彼らのようにはいえないけど、同じように、私はここまで走ってきた自分を誇りに思ってみたい。想いたい。

自然の中で己の小ささを知り、謙虚になる。本当の自分の姿が見えてくる。ちっぽけかもしれない。非力かもしれない。でも。
ありのままの自分こそ、何にも変えがたい自信の源かもしれないと思えた。

挑戦者は怖いとも、疲れたとも、もう無理だとも口にした。それは確かな本音であり、私たちが一番大切にしたい心の声。
繊細さんが置き去りにしがちなその声。

マルチタスクが苦手。すぐ驚いたり混乱したりする。でも、これが私。1つ1つ、自分らしく、私のペースで向き合っていきたい。重なったことも後になれば、笑えるような日々を生きていきたい。

そう決意した週末で、それをしたためている月曜日の夕方です。

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