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スマホのない世界

ポケットを探っても、そこにスマホはなかった。
壊して修理に出しているとか、うっかり家に置いてきたというわけではない。

「今日はスマホなしで生活しよう」

そう心に決めて、わざと置いてきたのだ。
だけど、そんなことすっかり忘れてしまっていた。
その代わり、家を出る直前、後ろ髪を引かれるように部屋を振りかえったことを思い出した。
電灯の消えた中で、小さなスマホは大きな存在感を放っていた。



まるで僕らはエイリアンズ 禁断の実
ほおばっては 月の裏を夢みて

エイリアンズ/キリンジ)

小さいときはスマホを持っていなかった。
というか、身近にネット環境すらなかった。
だから、当時の楽しみはテレビ番組を録画していたビデオ。
小学校から帰ってきたときや長期休みで暇なときに見ていた。
同じテープだろうが関係なくて、何度も見ていた。
その中で、ある番組で流れていた曲がどうにも耳に残った。

キミが好きだよエイリアン
この星のこの僻地で 魔法をかけてみせるさ

同じビデオを何度も見るから、この曲を何度も耳にした。
独特なメロディ、妖しい雰囲気、入りくんだ歌詞、そのすべてが幼い僕には早すぎて、ちょっと恐かった。
だけど、それを誰かと分かち合うことはなかった。

「この曲、ちょっと恐くない?」

そうやって、自分の感情をうまく伝えたり、客観視したりできるほど、大人でもなかったから。
ただ、子どもながらに不思議な気持ちをかかえ、宛先のない手紙をでたらめな文法で書き連ねているみたいだった。



今日は腕時計も忘れた。
時間を確認しようと思っても、すぐにはできない。
平成よりも前の時代に取りのこされたみたいだ。
それでも、時の流れを感じるのは今の身体の方が向いている気がする。
そして、何にも繋がっていなかった"あの頃"にもどったみたいだ。


実のところ、スマホなしの日を作ろうと思ったのは、ああいう日々が懐かしかったからでもある。
自分だけの閉じた世界の中で、思いとか言葉をふくらませていく時間。
それは、自分らしくいられるときでもあるし、自分であることを思い出すときでもある。
たしかに、スマホはいろんな世界を見せてくれるものだし、日々に彩りをあたえてくれる。
だけど、"意味をもたせた時間"に、意味があるとはかぎらない。
ぼーっと眺めみるSNS、一区切りついたあとのネットブラウズ、通学中の音楽。
暇の隙間をうめることができるようになって、充実したように思える日々だけど、何か大切なものを失っているような気がした。
何かに接続されることで何かが流れ出ていく、そんな感じ。
音楽とか小説、ニュースの印象や雰囲気について、ネットで"感情の答え合わせ"をすることで、昔の自分がどこか遠くへ行ってしまう感じ。
どんな曲で、みんながどんな印象を抱いてるのか調べる方法もなく、一人で想像を膨らませていたあの頃の自分が。



大学での一日を終えて、家路につく足は早歩きになっていた。
やっぱり、スマホがないと心もとない。
その衝動は、大切な人からの手紙を待ちわびていた時代のもののように思えた。
部屋に着くと、スマホは朝置いてきたときのまま、ちょこんと机の上にあった。
ただ、充電はだいぶ減っていた。
フル充電だったのに、もう37%まで落ち込んでいる。
使わなくても減っていくものは減っていくらしい。
そして、身体一つであっても、満たされていくものは満たされていくらしい。


P.S.
「エイリアンズ」、今聴くと良い曲です!
やはり子どもには早すぎたようです…


#エッセイ #大学生#スマホ#SNS#インターネット#自分#言葉

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はやぶさ
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