歩けば棒にあたる

最近、行きづまりを感じている。
自分がやっていること、考えていることが、理想の自分とかけ離れているのだ。
成長は誰かと接したり、目新しい経験をすることでうまれる。
だけど、最近はそんな機会から遠ざかっている。
自分の手のひらの上でおさまることを、ころころ転がしている自分。
そして、それに気づいている自分。
道端に石が落ちていたら、毎回蹴りたくなる。
自分への不満を思い出すたびに、舌打ちしてしまう。

こういうときはたまにある。
現状が心地よかったり、心と体が一致しなくかったりするときだ。
大体は時の流れが解決してくれる。
環境とか状況、心は変化していくから。
だけど、そのときが来るまでは、いつも頭の中は霧でおおわれてしまう。
その濃度を薄めるみたいに、ため息も深くなっていく。



「犬も歩けば棒に当たる」

大学内で、犬を散歩させている人がたまにいる。
そんな光景は何回も目にしているけど、この前すれ違ったとき、忘れかけていたことわざをふと思い出した。
あんまり意味は覚えてなかった。

何かをしようとすれば、何かと災難に遭うことも多いというたとえ。

スマホ画面に映し出された文は、頭の中からなかなか消えない。

"何かをしようとすれば、何かと災難に遭う"

もし、そうだとしたら。
もし、そうだとしたら、何かをしようとしていない自分は、どうなるのだろうか。
答えは簡単。
何かすればよいのだ。
ただ、そうすることもできないモヤモヤ感がある。
これを拭い去るには何かきっかけが必要なのだ。
だけど、その「きっかけのきっかけ」はどこから生まれるんだろう。
少なくとも、「ワンッ」と小さくつぶやいても、何も変わらなかった。




ずっと探していた 理想の自分って
もうちょっとカッコよかったけれど

煩悶していたせいか、中々寝付けない夜。
テレビからスガシカオの「Progress」が流れてきた。
そういえば中学の頃、この曲が好きだった。
今の今まで忘れていた。
すっかり頭の片隅に追いやられていた歌詞が妙に胸に刺さる。
掛け布団を抱くようにして、せわしく寝返りをうった。

ぼくが歩いてきた日々と 日々と道のりを
ほんとは"ジブン"っていうらしい

中学の頃はよく分からなかったけど、やっぱ"ジブン"ってそういうものらしい。
悩んでる時間とか、悶々としてる時間も大切だけど、結局前に歩かないといけない。
大きく歩幅を取らなくても、抜き足差し足でもいい。
目を背けたいものがあるなら、しっかりと見る決意ができるまで後ろ歩きでもいい。

"あと一歩だけ、前に進もう"

昔は気づかなかった、こんな歌詞があったこと。


そういえば「犬も歩けば棒に当たる」ってことわざには、もう一つ意味があるらしい。

出歩けば思わぬ幸運に出会うことのたとえ。

そんなことを考えていたら、だんだん眠くなっていった。


Progress/スガシカオ)


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はやぶさ
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