オタクになるきっかけに触れたら、同級生に同士がいなかった話
幼少期の頃からアニメは好きだったが、所謂「オタク」になったのは小学生のときなのかなとふと思うことがある。あのアニメと出会ったのはもう大分昔の話となる。
「ANIMAX」との出会い
当時ケーブルテレビと契約していた我が家で、私は「ANIMAX(アニマックス)」というアニメ専門チャンネルに夢中だった。今でこそNetfilixやHuluなどで好きな時間にアニメを見れる世の中となったがそういった動画サイトなどは勿論なく、アニメの放映されていない時間にアニメを見るには録画したビデオか当時まだ普及され始めたばかりのDVDを見るしかなかった。
その頃の私は土日の早朝5:00頃に起きてはアニメや特撮が始まるまで同じ内容のビデオを繰り返し見たり、通販番組でレインボーアートが売られてるのを延々と見たり外国人の謎のファッションショーを見たりと退屈な休日の朝を繰り返していて、そんな私にとってアニメだけが放映されていたチャンネルというのはもう夢のようなものだった。例えるなら無限におもちゃが出てくるおもちゃ箱と表現するべきだろうか。
そんな折、私は一つのアニメと出会った。
「幽☆遊☆白書」だ。
もうハマったなんてもんじゃない。ドハマりした。
ドハマりしすぎて月500円のおこづかいを全て幽白の単行本に費やし、中古のゲームショップでスーファミの幽白のソフトを見つけては買い、当時所属していた校内の漫画クラブで幽白の二次創作(周囲にはずっと隠している筆者最大の秘密。黒の章レベルの機密だ)を描いてしまいそれがとんでもない大長編になってしまった上に描き終えていざ顧問に提出!という時に読み返してみては突然の羞恥が芽生え、恥ずかしさのあまり提出できなくなってしまったほどだ。おかげで顧問にはこってりと絞られた。
なぜそんなになるまで私は幽白の世界にのめり込むことになったのか、理由は以下の三つだと思う。
幽白にハマった理由
① 心のよりどころだったアニメが放映終了
幽白と出会うまで私のソウルジャンルと言っても過言じゃないジャンルがあった。「デジモン」だ。初代のアドベンチャーからフロンティアまでのシリーズを欠かさず見ていて見れない日があったら絶対に録画、一話でも見逃そうなら母親に駄々こねてレンタルビデオ店に連れていってもらったほどだ。アドベンチャーでは選ばれし子どもたちがパートナーデジモンたちと苦難を乗り越えていく姿に心打たれ、02ではワームモンと存在意義を探すブラックウォーグレイモンに泣かされ、テイマーズは今まで戦いを見ていただけの子どもたちがカードでパートナーを支援するというシステムにハマり、フロンティアで人間がデジモンに変化することに驚きながらも双子という性癖を植え付けられ、とどのシリーズも楽しんで見ていたのだ。
しかしフロンティアを最後にデジモンのアニメが終わってしまった。
フロンティアの最終回が放映された日、次の新しいデジモンはなんだろうとワクワクしていた私の目に飛び込んできたのは「金色のガッシュベル!!」が次回から朝の9時の新番組として始まる予告。
「え!!?デ、デジモンじゃない………!!?」
思わず声に出してしまうほどショックだった。また新しいデジモンが始まると信じて疑わなかった私にとって「ガッシュが始まる」ということよりも「デジモンが終わってしまった」という現実はショックの大きな出来事で、無限大な夢のあとの何もない世の中になったかと思ったしスライディングしてすりむけたヒザが痛くて立ち上がれない状態となった。(その後ガッシュも見始めて漫画で号泣することとなるのだがそれはまた別の話である)
それまで週2回あった楽しみが、週1回となってしまったという事実。
ポケモン以外もアニメを見ていたと言えば見ていたのだが、デジモンという楽しみを失って心にぽっかりと空いた穴は他のアニメで埋められなかった。私が幽白と出会ったのは、そんな矢先のことだった。
② 衝撃の第1話や数々の性癖
物語に置いて主人公と言うのは当たり前だけれど必要不可欠な存在で、物語の進行を担う重要なポジション。世界に危機が迫れば主人公が先導を切って仲間達と世界を救う。そんな主人公が第一話で死んでしまうという展開は主人公が死ぬという作品を触れてこなかった私に強いインパクトを与えた。
元々死生観の話が好きなのも相まって霊界や幽霊が絡んでくる霊界探偵編は夢中になって漫画を読み(たぬきとおじいちゃんの話のアニメ見たかった……。)、同様妖怪、バトルものも好きだったので暗黒武術会編は漫画・アニメ共に白熱。ありとあらゆる方面で私の心を掴んだ幽白は、私の心に空いた穴をいとも簡単に埋めてしまったのだ。
③ 人生初のイケパラ
それまで人のキャラクターに「好きだ……」と言った感情を殆ど抱いたことはなかった。もちろん好きな人間のキャラクターもいたしデジモンに色々と趣向を決められたところもあったけれど、キャラクターに関してはモンスターと言った人外の方が興味あった。太古の昔サンタさんにパートナーデジモンとしてパタモンをねだったこともある。
幽白もデジモン同様に人の姿からかけ離れた人外みたいなキャラクターを好きになると思っていたのだが
「なんかめちゃめちゃかっこいいキャラいっぱいいない…?」
年頃だったのか、理由はわからないけれど突如として人型のキャラクターに興味を持ち始めた。味方もイケメン、敵もイケメン、女の子たちは美女ばかり。新しい世界の扉の鍵を知らない内にゲットしていたのだ。OK!次に進もうぜ!と言わんばかりの躍進である。
だが悲しいことに当時は漫画以外の公式グッズはほぼ皆無に等しく、小学生だったためインターネットで過去のグッズを買うという術もなかったためひたすら漫画読んでひたすらアニマックスを見て誰とも語り合えない思いを漫画にぶつけて表現をしていた。今はグッズもかなりに普及されていてあの頃の私がこの光景を目の当たりにしていたら目をキラキラ輝かせていただろうなと思う。
デイドリームジェネレーション・ギャップ
幽白フィーバーはその後も暫く続き、私は幽白以外のジャンプ作品に興味を持てないまま中学生となった。新しい環境、アニメや漫画が話せる新しい友達を作るぞ!と意気込んだもののその時ジャンプで一世を風靡していたのは「BLEACH」や「銀魂」などと言った名作たち。反面、幽遊白書も名作ではあるが十年以上前に連載が終わった作品。
同世代の私の知ってる範囲のオタク達は、殆どが幽遊白書を知らなかったのだ。
中には話せる子もいたにはいた。
しかしその子たちにとって幽白は「過去にハマっていたジャンル」であって、今ハマっているジャンルではなかった。話はできるけれど、私が抱えているほどの情熱を受け止めてくれるほどの熱意は無かったのだ。話ができず、しょぼくれる私に対し周りのオタク達から逆にこれ面白いよ!とあれこれ色々な漫画を薦められ、私も彼女らが乗っている波に共に乗ることとなったのだ。
昨今の幽白事情
コラボカフェや数多のコラボグッズ、TWO SHOTSやのるかそるかがアニメ化されたり、まさかの舞台化されたりと各メディアで盛りあがりを見せて果ては冨樫先生がTwitterを始めると言う事態。大人になった今、幽遊白書の文字を各所で見かけるたびに嬉しく思っていたのだが一つだけ不安要素があった。
「Netflixでの実写ドラマ化」
ド、ドラマ化ーーーー!!??幽白のあの世界をドラマ化ーーーー!!!?
い、一体どういうことだってばよ……!
二次元の実写化に肯定的か否定的かと言われると、後者だ。正直、幽白が舞台化されると聞いた時も不安で仕方なかったのに追い打ちをかけるかのようにドラマ化の文字。そしてついに先日、メインキャラ達のビジュアルが公開されて目に飛び込んできた。
「ど、どうしてこうなった………!」
原作キャラクターに寄せる気のないビジュアルに落胆した。
普段は避けがちな2.5次元だが、舞台版のビジュアルがいかに原作リスペクトだったのかを感じさせられる。ドラマ版は幽白を知らない世代に受け入れやすいようにしているために現代風のアレンジが入ってるのかもしれないけれど、ウィッグや飛影の目の色はもう少しどうにかなったのではないだろうか?そもそもバトル漫画という実写化の難しいコンテンツを何故敢えて実写化しようとするのか、長年好きなジャンル故についつい苦言を漏らさずにいられない。
しかし好きなジャンルだからこそなのか、同時に怖いもの見たさという気持ちがあるのも事実。来年の冬という随分先の話だけれども一応見てみるつもりではある。そのときが来たらその感想を再びここで綴ろうと思う。
***
余談ではあるが、幽白で一番好きなキャラは誰か?と問われたらハマった当時から
陣だったりする。
幽助と波長が合って意気投合した場面、味方とは言え卑劣な行為をした爆拳への苦言をちゃっかり幽助に耳打ちして彼の毒気を抜いたり、明朗闊達な面を見せながらも観客の「殺せ!」という幽助への野次に対して「やりたきゃ自分でやれ」という妖怪らしい残忍さを見せるギャップがまた良い。
殺伐とした大会内での二人のやり取りには何度見ても癒されてしまう。
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