あの夜の、僕のための物語。(オールナイトニッポン55周年記念公演「あの夜を覚えてる」を観て)
すごいものを観た。
アーカイブ配信期間は既に終了してしまったが、視聴したときの興奮・感動をnoteにも記す。
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正直なところ、観るつもりはなかった
総合演出を務めたのが、テレビプロデューサーの佐久間宣行さん。
佐久間さんのラジオ「オールナイトニッポン0」をずっと聴いていたので、もちろん今回の公演は知っていた。だけどチケットを購入するつもりはなく。初日公演の3/20(日)も「他人ごと」として過ぎていった。
なぜ公演を観るつもりがなかったかというと、クローズドなコミュニティで盛り上がっている「ファンダム」な世界の作品だと高を括っていたからだ。
佐久間さんのラジオは好きだけど、佐久間さんのファンというわけではない。優れた企画を立案する人として私淑しつつ、何もかも手放しで賞賛しているわけではない。配信チケットも4,200円とそこそこのお値段だ。「まあ、僕には関係のない公演かな」と思い込んでいた。
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観ようと思ったのは、周囲の評判がとても良いからだった。
熱量が異様に高い。Podcast「ゆとりっ娘たちのたわごと」のMCふたりも熱く語っていた。
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ワクチン接種直後で、実家に帰省したタイミングというのも大きかった。
普段であれば、息子ふたりの育児をしながらでリアタイは厳しい。家族に気兼ねすることなく視聴できる良い機会だと思い、配信開始1分前にチケットを購入した。
すべての企画が新しかった
「あの夜を覚えてる」を語る上で、ざっくりと企画概要を記した方が良いだろう。
・あくまで映像配信であり、ラジオドラマではない
・主演は千葉雄大さん、高橋ひかるさん
・総合演出は佐久間宣行さん、プロデュースは石井玄さん
・ラジオ放送局「ニッポン放送」の中で演劇が行なわれる
・収録でなくライブで撮影が行なわれる
・ラジオ番組「オールナイトニッポン」が舞台
・あくまでフィクションだがSNSと連動し、実在のリスナーからのメールが直接届き、劇中でも使用される
というもの。
ニッポン放送内で撮影されているので、他スタッフと鉢合わせする可能性もあった。
カメラはそこかしこに配置され、映像のスイッチング作業は怒号が飛び交うほどに緊迫感があったそうだ。
「これ、生でやってるんだよね?」と驚く仕掛けだった。
ラジオ好きのための群像劇
以下、ネタバレの内容を含む。
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千葉さんが演じる主人公・藤尾涼太は、オールナイトニッポンのメインパーソナリティ。100回放送を達成するも「喋るのが苦手で、彼の発言は一言一句がラジオ作家によって書かれている」という秘密を抱えていた。リスナーに内緒にしたまま、自らラジオ降板を申し出ることになった。
そして2年後。同じ事務所のタレントがパーソナリティを務めていたが、体調不良により、当日、番組を欠席することに。色々な思惑が交錯しながら、高橋さん演じるディレクター・植村杏奈は藤尾にピンチヒッターを依頼する。
迷いながらも代役を務めることになった藤尾が、番組後半のフリートークで、初めて台本なしで自らの言葉を語る。
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番組のクライマックスの千葉さんの演技が、本当に素晴らしかった。フリートークで「これまで台本通りに喋っていたんです」とカミングアウトした場面。
藤尾涼太として発している言葉なのか、千葉さん本人のラジオへの想いなのか。ふたりの人格が符合しながら語れる言葉の純粋さ。そして、藤尾を見守るリスナーの温かな眼差し。
ラジオとはひとりで喋るものではない。
パーソナリティとリスナーが、お互いに信頼を寄せることで生まれる物語。それを視聴している人が理解していたからこそ、涙なしで観ることができなかった。
メインキャストの千葉さん、高橋さんはそれぞれ熱心なラジオ好きを公言している。視聴者もそのことを知っているからこそ、彼らの演技が、演技以上の説得力として表現されたんだと感じた。
あの夜の、僕のための物語。
「僕は、喋るのが上手くない」
いくらコロナ禍とはいえ、人間と人間の交流は、口頭によるコミュニケーションが大半を占める。その中で、上手く言葉を紡げない人は劣等意識を抱きがちだ。
僕は、社会人の最初のころに営業をしていたのだが、営業先の相手との圧倒的な知識量の差に恐縮してしまい、常に腹痛に襲われていた。商談中も緊張のあまり大量の汗を流し、相手に心配されるほどだった。
今でも、ふとした瞬間に、言葉が継げなくなることがある。場慣れしたこともあり、だいたいはやり過ごせるようになったけれど、「あの日」「あの夜」の苦しみは忘れることはできない。怒られ、呆れられ、自分という存在を失いかけていた。
だから藤尾のカミングアウトを耳にしながら、これは「僕のための物語だ」と感じることができた。僕はこんなふうに苦しみを吐露することはできなかったけれど(いや、できなかったからこそ)藤尾が代わりにカミングアウトしてくれたのだと分かった。
自分を失いかけていた夜、それでも何とか自分を堅持できたのは、周囲のフォローのおかげだったりもする。缶コーヒーを買ってきてくれた同僚や、飲みに誘ってくれた別部署の先輩。電話越しにお互いの苦境をぶつけ合った友人。あるいはゲラゲラ笑えるようなお笑い番組。
僕にとって、支えはラジオではなかったけれど、「あの日」「あの夜」を超えることができたのは、そんな周囲のおかげだった。それらはきっとラジオ的な存在だったんだと思う。それに気付くことができたのも、僕には大きな収穫だった。
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ラジオ大好きな人たちの、ラジオ大好きな人たちによる、ラジオ大好きな人たちのための企画。
リアルタイムで視聴できたことは、この上ない幸せだった。企画を作った関係者の皆さんに、心から感謝したい。
ちなみに購入チケットは2万枚を超えたそう。
「配信」という手段が、またひとつ大きな可能性を切り拓いたという意味において、「あの夜」は伝説として語り継がれていくかもしれない。
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