ベルリンでの激闘のあとに〜シャビ・エルナンデスに捧ぐ〜
私が彼を見たのは16年前にさかのぼる。98年フランスワールドカップ、国民の期待を一身に背負った日本代表は3戦全敗という世界からの答えを叩きつけられていた。そんな現実に夢を見せてくれたのが、翌99年に開催されたワールドユース(現U-20ワールドカップ)の日本代表であった。小野伸二、稲本潤一、高原直泰、そして遠藤保仁らの紡ぎ出すフットボールは、日本の未来そのものだった。
ラゴスでの決勝戦、日本の前に立ちはだかったのが当時20歳に満たないシャビ・エルナンデスであった。グアルディオラの系譜を継ぐ「jugador」として本国スペインでもまた、彼は未来であった。「4-0」。スペインの紡ぎ出すフットボールは、日本のそれをはるかに凌駕した。
FCバルセロナのNO.4、ジョゼップ・グアルディオラはいずれ彼が自身の地位にまで来ることを確信していただろう。そして、当の本人がシャビに対して「君もいつかあの坊やに抜かれるのさ」とイニエスタやファブレガスやを指して言い放ったエピソードはあまりにも有名である。
イニエスタどころではない。FCバルセロナでは次世代へ受け継がれる萌芽が次々と湧いて出ているのだ。シャビがグアルディオラに憧憬を見たのと同時にそのシャビやプジョルに対し自身の近い将来を重ね合わせる少年たちが数多くいたのだ。せスク・ファブレガスやジェラール・ピケ、あるいはアルゼンチンはロサリオからやってきたひときわ小柄な少年もそうだったのかもしれない。
相手にとって不足なし、イタリアの雄ユベントスはカテナチオを地でいくチームだった。近年、凋落が叫ばれて久しいカルチョの復権を託された集団は、しかし、シャビがビッグイヤーを掲げるに値する最高のグッドルーザーであった。ビダル、ポグバ、そしてアンドレア・ピルロ。彼らが支配した中盤はティキタカを多いに苦しめた。敗戦後、ピルロの目に浮かんだ涙は、敗戦と同時に、偉大なるレジスタ、シャビへの愛別の涙だに違いない。
ティキタカの終焉、いやそれはないだろう。グアルディオラがそうであったように、彼もまた、バルセロナの地を再び踏むこととなる。
というある意味での観測から、7年になる。
前述は2015年のチャンピオンズリーグ決勝の直後の感想であるが、やはりシャビはドーハでの試運転を終え、予定調和のようにカンプノウへ還って来たのだ!
ロサリオから来た小柄な少年はパリへと旅立ってしまった。もういない。クラブの10番は若い褐色のスペイン人。
それでも、ペドリ、ガビ、フェラン・トーレスがいる。
何度でも立て直そう。それで良いじゃないか。歴史は回る。サグラダファミリアのようにゆっくりだって良いじゃないか。数年後、若いチームが再び世界の頂点を獲るまで、その中心に、シャビはいる。
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