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「アル中日記」37 原点にして頂点

プロローグ
前回も書いたが、G-SHOCKとの付き合いは四半世紀に及ぶ。外で作業する事も多く、機材も必要な仕事なので、運ぶ際など不注意であちこちぶつけてしまい、時計は傷だらけ。そんな私を不憫に思ったのか、結婚して初めての誕生日に妻がプレゼントしてくれたのが第1号。更に結婚10年目に第2号を買ってもらい、それから15年の月日が流れた今年。2024年9月8日。誕生日には少し早くて、母の命日でもあるこの日。妻が3本目となるG-SHOCKを買ってくれた。それがこちら。G-SHOCKの中でも最高級グレードとなるMRGシリーズの1本。まさに原点にして頂点。

MRG-B2000B-1A1JR

購入へと至る道①
購入したのは地元ではなく故郷北海道。母の三回忌で帰省。その帰りに札幌に一泊。馴染みのステーキ屋さんを予約。それまでの時間潰しで駅付近をぷらぷら散策。たまたま店の前を通りかかった時、突然妻が「G-SHOCKを見よう!」と言い出し、まぁ時間潰しにはなるかなと思い彼女に従った。

大きな節目
少し時間を巻き戻す。実は今月末で長年勤めた会社を定年退職する事になった。社員としての資格は失うが、取締役の任期が残っているので、実際は来年8月末で契約切れとなる。
会社から提案された道はふたつ。ひとつは取締役を辞任し、嘱託社員として再雇用。この場合は給料は-30%となるが、65歳迄は慣れ親しんだ環境の中で仕事できる。もうひとつはそのまま取締役を続ける事。こちらは1年毎の更新で、その際ギャラを含めて条件の見直しが入る。その条件が取締役会で認められれば、そのまま1年勤める事ができるが、条件が合わない場合は契約終了で会社にはいられなくなる。プロ野球のフリーエージェント制みたいなもの。

これはさすがに悩む。体力・気力・精神力…およそ力と付くものは年々確実に低下してきている。1〜2年はなんとかなるかもしれないが残りの年月を今の状態を維持しつつ、会社に認められるくらい仕事ができるかは正直分からない。しかも独り身ならまだしも愛する妻もいる。自分の意地を通して、もし来年契約が更新されなければ、家族で路頭に迷う。

妻の覚悟
妻に相談すると「-30%の給料になったとして、あなたは仕事のやり方を変えるの?」「これ以上はもらっていないから、仕事はしないって仲間に言える?」「絶対やり方を変えないよね?今までと変わらない態度で仕事するよね?」「だったら納得するまで仕事して、納得できる金額を貰いなさい。」「それが1年しかできないならそれまで!」「残りの人生、家でも家財道具でも車でも、売れるものは何でも売って、それで売る物が無くなって、貯金も全て無くなったら2人であの世に行けば良いのよ!」
私が思い悩む以前から彼女の答えは決まっていた。そんなわけで私は来年からフリーエージェント。もちろん最初の交渉権は今の会社にあるが、条件が合わなければ、それでおさらば。次に合うところを見つけるまで。見つからなければ妻と一緒に死ぬる覚悟。いやこんな事言ってくれる妻をそう簡単に死なせるわけにはいかない。これからは毎日が勝負。いや…これまでと何も変わらない。

「機動戦士ガンダム 第43話 脱出」 より
「ごめんよ、まだ僕には帰れる所があるんだ。こんな嬉しいことはない。わかってくれるよね?」話がかなり横道に逸れた。

妻がしきりに「G-SHOCKを見たい。」と言っていたのは、そんな人生における大きな節目を迎える私にプレゼントしようと考えてくれていたのだ。

購入へと至る道②
妻のそんな思いも知らずG-SHOCKのコーナーに向かい、ツラツラとショーウィンドウを眺めていた。この時点で買う気はもちろん0。しかし長年愛用していて、もし次に買うとしたらこういうのが良いという理想の条件はある程度決まっていた。
これまで使用していたモデルは両方ともデジタルモデルだ。これにこだわっていたのは、仕事柄ストップウォッチを使う事が多かったから。しかしここ数年仕事のやり方が変化して、ストップウォッチを使う事がほぼ無くなった。更に日常的に使っている腕時計は三針式なので、そっちに慣れてしまった事もあり、もし新たにG-SHOCKを手に入れるなら三針式のタイプが良いなとは思っていた。それともちろんメタルバンドは外せない。

となると機種はかなり絞られてくる。しかもこの条件を満たすのは、特別モデルを除くとMTGもしくはMRGの2シリーズ。G-SHOCKはあくまで現場用。傷付くのが当たり前。そんな条件に二桁万円の時計は正直言って相応しくない。それでも仮にこの2シリーズから選ぶとしたらせめて値段の安いMTG一択。色はあまり派手なのは嫌。できれば真っ黒なやつ。そこで目に付いたのが「MTG-B3000B-1AJF」唯一の問題は樹脂ベルト。正確にはウレタンベルトと言うんだそう。聞きかじりなので突っ込まないで下さいwでも大丈夫!MTGはベルトがワンプッシュで交換できる事を売りにしている。だから仮に樹脂バンドのモデルでも、ベルトを交換すれば問題ない…相応しくないとか思っているくせに気がついたらすっかりその気に。ところが事態は思わぬ方向へ。

1位指名ならず
対応して下さった店員さん。仮にS子ちゃんとしておこう。そのS子ちゃんから衝撃の告白!なんと専用メタルバンドが品薄で注文しても入手できるかどうか分からないとの事。いやマジか⁉︎この時点で先ほどまでの購買意欲は胡散霧散。「残念だったなS子ちゃん。やはり縁が無かったな。」とひとりほくそ笑んだ刹那、S子ちゃんから再び衝撃的発言が!「それではこちらのモデルはいかがでしょう?」と言ってショーケースから取り出したのが…

それ!絶対傷つけられないヤツゥゥゥ!言うに事欠いて倍の値段をふっかけてくるか!

「S子…怖い子…」

「それはさすがにないわ!」勤めて冷静に満面の笑みで答えたが、その笑顔は多分引きつっていたはずだ。ところがここで妻が動いた。「試すのはタダなんだから、とりあえず付けてみたら?」「嫌!逆だろう!試着しそうな俺を止めるのがお前の役目だろ!」ニコニコ顔のS子ちゃんがバックルを外し、目の前に掲げたそれはMRG。G-SHOCK好きならいつかはMRGのMRG。職人がひとつひとつ丁寧に磨くその名もザラツ研磨。ザラツ研磨で仕上げられた重厚かつ精悍なボディ。
ザラツ研磨についての説明はこちら ↓


もうこれだけで所有欲が満たされるであろうことは想像に難くない。チタン製バンドに手を通す。ヒヤリとした感触。バックルを閉める。もちろんユルユル。手首にボディを乗せる。軽い。さすがはチタンボディ。その重厚かつ巨大なサイズからは想像できない軽さだ。その時点で欲しい思いが爆上がり。しかし金額は30万円超。おいそれと払える金額ではない。

もちつけ!俺!
とりあえずMRGをS子ちゃんに返却。他のモデルも試着させてもらった。ベルト以外は理想系のMTGB3000B-1AJFのウレタンバンドももちろん試したが、さすがにチタンバンドを試した後ではその感触はいまひとつ。同じMTGのカーボンケース版はコンポジットバンドで大きさと軽さは良かったのだが、ボディサイドのシマシマが、どうしても好きになれない。G-master多分陸Gはカッコよかったし、ギミック満載で、男心をかなりくすぐられたが、いかんせん大きすぎ&樹脂バンド。どれも帯に短し襷に長し。すると妻が一言。「さっきからそれしか見てないよね。」「それが良いんでしょ?」それとはもちろんMRG。重厚で精悍でしかも軽くてザラツ研磨のMRG。山形カシオの職人達の丁寧な仕事から生み出されるその名もMRG。

そして運命の時来たる
再びS子ちゃんがバックルを緩めて、私の腕を通す様に勧める。腕を通した。大袈裟だけどやはり何とも言えない幸福感に包まれた。妻と目線が合った。彼女は言った。「もうそれにしな!」S子ちゃんと目が合った次の瞬間言葉が漏れた。「これ包んで!」

こうしてG-SHOCKを使い始めて25年の節目の年に、とてつもないG-SHOCKがやってくる事となった。

ひとはそれをプレッシャーと呼ぶ
席に案内され、ベルトの調節をするためS子ちゃんがその場を離れた。妻が「前のやつより3倍高いね。前のやつは15年使ったからその3倍…45年は使ってもらわないと元取れないね。」45年後は間違いなく仕事はしていないし、多分生きてもいないけど、少なくても1〜2年で仕事を辞める訳にはいかなくなった。

S子よ永遠に
今回MRG購入した経緯は以上。しかしながらもうひとつ書き記しておきたい事がある。それはS子ちゃんの事。売り場で最初に目が合って、対応してくれた。その時は間違いなく冷やかし客だった我ら。そこから約1時間。ショーケースにある3針式G-SHOCKはほぼ全て試着させてもらった。その度に嫌な顔ひとつする事なく、ケースから取り出しては、そのモデルの特徴や使い方をレクチャーしてくれたS子ちゃん。その名札の横には「研修中」の文字。年齢的には自分達の子供の様。そんな彼女が仕事とはいえ、いや仕事だからこそ真摯な態度で我々夫婦の相手を務めてくれて、我々夫婦はとても楽しい時間を過ごす事ができた。そんな楽しいひとときの事を忘れないために、我ら夫婦はMRGにS子ちゃん(実際には彼女の本名)という名前を付けた。

そんなS子ちゃんは今日も私の左腕で、ザラツ研磨の渋い輝きを放っている。

今回は特に長かった。今回も最後までご覧いただき、誠にありがとうございました!



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