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「論理的思考とは何か」渡邉雅子著を読んで:i.schoolのワークショップへの示唆


堀井秀之
i.school エグゼクティブ・ディレクター
日本社会イノベーションセンター(JSIC)代表理事
東京大学名誉教授

先日、高校の先生向けの研修ワークショップをやらせて頂いた折、ある参加者から「論理的思考とは何か」(渡邉雅子著、岩波新書)(以下では本)を紹介して頂きました。「論理的思考はひとつではない」という内容とお聞きして、これは読まねばと思い、直ぐに購入しました。案の定、とても面白く、i.schoolのワークショップに対する示唆に富んでいました。このnote記事では、本からの学びと示唆を書き留めておこうと思います。

「論理的思考とは何か」からの学び

論理的思考は全世界共通、1つしかない、とばかり思い込んでいたので、この本の内容には驚きました。一方、「確かに」と納得がゆき、これまで不可解であったことがスッキリと整理されました。

思考する目的が異なれば、その手段としての結論を導く手続きが変わり、論理的であることの基準が変わるとのことです。論理的思考の方法は、いくつかのタイプを「型」として提示することができ、この本では「経済」(アメリカ) 、「政治」(フランス) 、「法技術」(イラン)、「社会」(日本) の四つの領域に固有の論理と思考法を示しています。

論理的思考は文化よって異なっており、それぞれの社会が何を重視し文化の中心に据えるのかと深く関わっているそうです。面白いことに、四ヵ国の学校で教えている「作文の型」に注目して各領域の論理的思考が抽出されています。

思考する目的が異なれば、その手段としての結論を導く手続きが変わり、論理的であることの基準が変わります。著者は、目的に応じて異なる論理的思考法を使いこなす、「多元的思考」が大切であると書いておられます。

i.schoolで起こっていること

大学生・大学院生を対象とした i.schoolのレギュラー・ワークショップは文系から理系まであゆる分野の学生が協働してワークショプを行う、通年のイノベーション教育プログラムです。イノベーション教育とは、イノベーションを生み出すことが出来るようになるための教育を指し、アイディアの創出から実現(事業化、実装)まで広くカバーします。i.schoolでは、2009年の設立以来、アイディアの創出に力を置いてきましたが、ここ数年はアイディアの実現まで対象を広げています。

昔、工学の学生がデザインの学生について、「始めどうしてあんな発想をするのか理解できなかった。ワークショップをやるうちに理解できるようになってきた。」と語っていました。同じ日本人でも思考法はひとつではなく、個人によるバラツキもあれば、専門領域によって思考する目的が異なるのでしょう。

本に書いてあるとおり、教育の過程で身につける論理的思考のパターンには差があり、それぞれの分野で何を重視し、文化の中心に据えるのかに違いが生まれてくるのでしょう。その違いを理解できないと、異なるパターンの論理的思考は非論理的に見えてしまいます。非論理的に見えてしまうことを、その人の能力の問題だと見誤ってしまう危険性をはらんでいます。

i.schoolは多元的思考を身につける場

i.schoolでは多様性の価値に気づくことが大切だと考え、異なる専門の学生が同じチームで協働するように心がけています。多様な人々が協働することにより、多様な知識を活かし、多様な価値観に基づいてアイディアが発想できるようになると考えてきました。

この本を読んで、多様な論理的思考のパターンというのも大切な側面であることに気づきました。これはもっと意識的に注目するべき側面だと思います。意識することによって「理解できない」と切り捨ててしまうことを避けられるはずし、「理解したい」という気持ちを持って他者の声に耳を傾けることができるようになるはずです。

チームワークの進め方を説明する時に論理的思考のパターンについて話をするようにしたいと思います。チームワークの最中に相互理解が難しい局面が発生したら、論理的思考のパターンの違いが原因かどうか考えてもらうのもいいかもしれません。

ワークショップで最終プレゼンが終わった後、振返りを行っているのですが、振返りの項目に追加し、論理的思考のパターンに差異があったのか、あったとしたらそれが何によって生じる差異なのか、論理的思考の目的に違いがあるのか等を検討してもらうのも良いかもしれません。

1年間の i.schoolでの学びを終えた時、振返りを行って、論理的思考には異なるパターンが存在することを理解し、論理的思考の異なる目的に応じて、論理的思考のパターンを使い分けることができるようになっていることを確認したいと思います。それが本の著者が唱っている多角的思考ではないかと思います。

参考文献:
「論理的思考とは何か」渡邉雅子著(岩波新書, 新赤版 2036)岩波書店, 2024.10

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