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問いの立て方の指導法:熟達者AIの活用


堀井秀之
日本社会イノベーションセンター(JSIC)代表理事
東京大学名誉教授

探究学習と問いの立て方の指導法

高校の探求学習が日本の未来を変える、先生方の熱意に触れてその確信を強めています。その先生方の問題意識として「問いの立て方」をどう指導したらいいのか分からない、ということがあるようです。確かに「問いの立て方」に関する書籍は山程あり、本質的な課題であることは間違いがないでしょう。問いを立てるということは、思考の原点であり、イノベーションの起点でもあります。

オックスフォード大学の特徴的な教育を日本語で再現した「教え学ぶ技術ー問いをいかに編集するのか」(苅谷剛彦/石澤麻子)は示唆に富んでいます。学部のチュートリアルでは教員が問いを作成し、学生が回答するのを教員が指導します。修士のスーパービジョンでは学生が問いを作成するのを教員が指導します。学部で抽象(概念)と具体を行き来するスキルや、理論・分析枠組みの見つけ方、論理を構築する方法などを学んで、修士で初めて自ら問いを作成することができるとのことです。

確かに問いを立てるには知識やスキルが必要であり、オックスフォード大学では修士になって初めてそれが可能となるというのはよく分かります。しかし、高校生には不可能なのでしょうか。高校生なりの問いの立て方があり、高校で問いをたて、その答えを引き出し、大学学部でもそれをやり、大学院でもやってみるということにより、繰り返し効果が期待されるということはないのでしょうか。そうでなければ、多くの人が問いを立てることの楽しさを味合わないまま社会に出ることになってしまします。

熟達者に何でも質問できる熟達者AIを使うことによって、問いを立てることを試してみました。高校生と高校教員になりきって、こうすればリサーチクエスチョンと研究計画を立てられることを確認してみました。高校の教員の方に問いの立て方の指導法としてご参考になれば幸いです。

自分の興味・関心を発見する

前述の「教え学ぶ技術」のなかで、学生に問いを立てさせる出発点は、学生自身の興味・関心です。「ニつ三つ 、自分で面白いなと思っている現象・テーマ・事件・ニュース、何でもいいですから思っていることをまずは言ってみてください。」という質問からスタートしています。自分の興味・関心は本人が思いかなければしょうがありません。他人が与えることはできないのです。高校生にリーサーチクエスチョンに発展するような興味・関心を抱くことを支援することはできるのでしょうか。

熟達者AIで質問を探す

i.school Technologies が開発している熟達者AIには、質問に熟達者AIが回答するだけでなく、熟達者の知見に合った質問を自動作成する機能が加わっています。「質問を探す」というボタンをクリックすると、その熟達者の知見を表したマップ(知形図)が現れます。

熟達者AIの自動質問作成システム

それぞれの領域の知見を表すキーワード(知名)から、面白そうなところをえらんでクリックすると、その知見に関する質問が3つでてきます。興味ある質問に出会ったら、それをクリックすると「質問」に自動入力され、「SEND」をクリックして熟達者AIによる回答が得られます。

吉見俊哉先生のAIを使って、高校生になりきって面白そうな質問と吉見AIによる回答を探索してみました。クリックするだけですので、ただただ楽しい時間でした。次の質問は、高校生が楽しめるでしょう。

【質問:ディズニーランドの空間が持つ特性についてどのように考えられているか?】

それに対する吉見AIの回答です。

【吉見AIの回答:ディズニーランドの空間は、その閉鎖性と自己完結性が際立っています。園内は様々な障害物によって外の風景が見えないように設計されており、周囲から切り離された独立した世界を構成しています。このため、訪れる人々は自分がどこにいるのかを忘れ、現実の世界から切り離された異空間にいる感覚を味わいます。さらに、園内の各エリアは独立した世界として封じられており、相互に曖昧な領域を形成することはありません。これにより、訪問者はそれぞれのエリアの物語に没入し、外部の現実を意識することなく、ディズニーランドの提供する夢の世界を楽しむことができます。このような空間的な構成は、19世紀以来の遊園地の歴史においても一つの変容を示しており、ディズニーランドは単なる遊園地を超えた存在として認識されています。】

これを読んでみると、次から次に知りたいこと、疑問が湧き上がってきます。例えば、

  • ディズニーランドとUSJと共通性、相違性は何か?

  • ディズニーランドは単なる遊園地を超えた存在として認識されているが、どのような存在なのか?

  • 何故、多くの人がディズニーランドを訪れるのか?どのような満足感が得られるのか?その理由は何か?

  • 物語に没入するというのはどういう体験なのか?他の没入体験と何が違うのか?そもそも没入体験とはどういう体験なのか?

インターネット検索・情報収集

これは、教員との対話でも、高校生どうしの対話でも深められると思います。「没入体験」というキーワードが出てきたので、Google Search で検索してみました。いろいろ出てきます。例えば、

【「没入感」: 他のことが気にならなくなるほど、ある対象や状況に意識を集中している感じ。 特に、音楽・映画・ゲームのほか、バーチャルリアリティー(VR)などで体験する感覚についていう。】

学術的な知見も知りたくなったので、Google Scholar で調べてみました。出てきた文献は「物語世界への没入体験」小山内秀和, 楠見孝 - 心理学評論, 2013 で、pdfファイルをダウンロードすることが出来ました。日本語の文献なので、高校生でも何とか読めると思います。読むとまた疑問が次々に湧いてきます。例えば、

  • 物語を読んだときの没入とディズニーランドでの没入はどんな違いがあるのか?

  • 物語を読んだときの没入に関する理論は、ディズニーランドでの没入にも使えるのか?

  • 体験の楽しさは何によるのか?

  • 体験による楽しさの程度はどのように違っているのか?

  • 楽しさの個人差、共感性との相関性

この論文に載っている没入−物語読解モデルは、まさにこれらの疑問に応えるために使えると思いました。

没入−物語読解モデルの概念図:小山内・楠見 (2013)

さらに、物語関与尺度がつかえそうです。Busselle and Bilandzic (2009) は,小説や演劇,映画などさまざまなメディアの物語に触れた時のメンタルモデル構築の立場から,これまで個別に取り上げられてきた移入や同一化,物語世界のリアリティ感覚など包括的な観点から物語視聴時の状態的個人差を測定するツールとして物語関与尺度(narrative engagement scale) を作成している、とのことです。

この質問紙は4 因子12 項目で構成されており,それぞれ(a) 一貫した物語世界の把握や理解,(b) 物語への注意の集中,(c) 登場人物への共感と感情移入,(d) 現実世界を離れて物語世界に存在する感覚,を測定するものだそうです。Busselle らはこれを用いてドラマ視聴時の没入体験を測定し,それらが移入や同一化などの得点と高い関連を示すことを報告しているそうです。

Busselle and Bilandzic (2009) は英文ですがpdfをダウンロードすることはできました。これを読むのは大変ですが、何とか質問紙調査にたどり着くことは先生の指導でできるでしょう。

リサーチクエスチョンと研究方法の設定

以上から、次のようにリサーチクエスチョンと研究方法を設定することができるのではないでしょうか。

【リサーチクエスチョン:さまざまな没入体験において、没入の程度が何によって違うのか?】
【研究方法:ディズニーランド、一般のテーマパーク、小説(物語)、映画による没入体験における没入性を計測し、(a) 一貫した物語世界の把握や理解,(b) 物語への注意の集中,(c) 登場人物への共感と感情移入,(d) 現実世界を離れて物語世界に存在する感覚、(e)個人差による影響を調べる。計測にはBusselle and Bilandzic (2009) の物語関与尺度に基づく質問紙調査を用いる。】

大変な研究になりそうですが、先生の指導の下、1年間かけて探究学習をおこなえば、きっと良い研究、成果に結びつくのではないかと思います。探究学習の初期にしっかりしたリサーチクエスチョン、研究方法を設定することが大切なのだと思います。

振り返ってみると、最初の「質問を探す」ところが大切な出発点だったのではないかと思います。書籍を読めば、興味を持てることに出会えるのでしょうが、高校生は興味を持てることに出会うまでに挫折してしまうでしょう。知形図のある箇所をクリックして興味ある質問と回答を得ることは、1冊の書籍を読むことに対応しています。はるかに簡単に自分の興味・関心を発見することができると思います。

一旦興味を抱くことができれば、高校生の力は凄いものがあります。どんどん自分で探求を深めていってくれるでしょう。そんな経験をした高校生が増えていけば、きっと日本を変えてくれると思います。

参考文献

  • 「物語世界への没入体験」小山内秀和, 楠見孝 - 心理学評論, 2013

  • Busselle, R., & Bilandzic, H. (2009).Measuring arrative engagement. Media Psychology, 12, 321-347.



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