ポーランドの国際的ジャズ・ヴァイオリン・コンペティションで3位に輝いた石井智大さんインタビュー
僕はポーランドのジャズを日本に広めたい、という気持ちからブロガーになり、果てはプロのライターにまでなってしまったという人間です。
そんな僕にとって「とうとうこんな人まで現れるようになったのか」と驚かされたのが日本人ジャズ・ヴァイオリン奏者の若手、石井智大(いしいともひろ)さんです。
ご本人のウェブサイトに行くと、バイオグラフィーに「ポーランドのジャズシーンに衝撃を受けジャズヴァイオリンに転向」、レッスンに関してのページには「私が考えるに、ジャズバイオリンに限って言えば、ポーランドが総本山だろうと考えます。日本ではあまり知られていないZbigniew Seifertをはじめとした、ポーリッシュジャズの事についてもお伝えできます」とあるのです。
ここまでポーランドのジャズに特化して熱く言葉にする日本人ジャズ・アーティストは、僕の知る限りベーシストの小美濃悠太(おみのゆうた)さんくらいです。
ということで個人的に注目している存在だったのですが、その石井さんが先日快挙を成し遂げました。
ポーランドの古都クラクフで2年に1度、この国が生んだ不世出のジャズ・ヴァイオリニストZbigniew Seifert ズビグニェフ・ザイフェルトの名を冠したSeifert Competitionが開催されます。これは世界でも珍しいジャズ・ヴァイオリンのコンクールで、世界中から大変優れたヴァイオリニストが集まる国際的な規模の大会となっています。この大会はまた、38歳以下という比較的若い世代を対象にしたコンペであることも特徴と言っていいでしょう。
そのザイフェルト・コンペティションが今年また開催され、石井さんが3位に輝いたのです。これまではSNSを通してゆるーく応援している感じだったのですが、これはもうインタビューさせていただくしかない!
石井さんは気鋭のジャズ・ヴァイオリニストである一方、作曲家・編曲家としてポップ・ミュージック他さまざまなジャンルで活躍する音楽家でもあります。そして、ジャズをメインの軸に据える演奏家としては、日本ではまだ珍しい存在である「東京藝術大学」出身です。
というわけで、ポーランド・ジャズへの思い、ザイフェルト・コンペティションのこと、ご自身の音楽やヴィジョンについてなどなどたっぷり語っていただきました。冷静でゆったりとした語り口の中に、熱い思いや深い思考の跡がうかがえる言葉がいっぱい詰まっています。
音楽という枠を超えて、一人の人間としてもインスパイアされるお話をしてくださっているので、ぜひお読みください。名言や興味深い話が多すぎたので、ほぼカットせず大容量のインタビュー記事とさせていただきました。石井さんのキーワード的な言葉ごとに見出しをつけて目次を作っています。
でもその前に!3位を獲得したファイナルでの石井さんの演奏をまず聴いてください。これが世界トップクラスのジャズ・ヴァイオリニストと認められたプレイです。ちなみに他の出場者もそれぞれすばらしいですし、インタビューの中でも触れられているので、できれば全員聴きましょう。
(石井さんは1:57:00くらいから登場)↓
お父さんの石井彰さんについて
オラシオ(以下オ):最初にアイスブレイキングじゃないですけど、ちょっと雑談からはじめさせてください。先日北海道旅行に行った際、札幌で岩崎量示(いわさきりょうじ)さんという写真家の展覧会に行ったんですよ。岩崎さんは上士幌町の糠平という地域の「タウシュベツ川橋梁」というものをずっと撮影し続けてこられた方で。その会場で映されていた動画コンテンツに音楽がついていまして、お父さんの石井彰(いしいあきら)さんが作曲されたものだったんです。
石井智大さん(以下石):ああ~そういうのがあったかも知れませんね。実は父は写真がとても好きで、北海道の写真家さんたちとよく「写真と音楽」という形でコラボしたりしているみたいですよ。
オ:なるほど、そういうつながりなんですね。その時はパートナーと一緒に行ったんですけど「この音楽を作っているのは有名なピアニストなんだよ」とか彼女に言ってたんですよ。それが今度石井さんにインタビューすることになっていろいろ調べていたらその彰さんの息子さんだということがわかり、さらにご縁を感じるなあと思って。まあそれだけの話なんですが。
石:ありがとうございます。
「ヴァイオリンってクラシック以外のことはできないのかなあ」
オ:お父さんがジャズ・ピアニストなわけですが、ご自身は東京藝大に行かれたんですよね。日本の現状だと、藝大はジャズをやろうとする人が行く大学ではない、という認識が強いと思うんですが、入学当初は将来ジャズを演奏するんだみたいなヴィジョンはあったんですか?
石:まったくなかったです。ふつうに留学とかして、クラシックの奏者としてやっていくんだろうなあと思っていました。
オ:じゃあ、お父さんの音楽はまったく別の世界だった?
石:父のやっていることは何が何だか全然わかんなかったです(笑)。まあその頃でも一応聴いてはいたんですよ、年2回くらい? でも「ジャズわかんないし」という感じでした。
ただ、二十歳くらいの頃に作曲もはじめていて、クラシックでもジャズでもないポップ寄りのもの(後述)を作っていました。クラシック以外のことをやっているとだんだん「ヴァイオリンってクラシック以外のことはできないのかなあ」と考えるようになりまして。
オ:それがどういうきっかけでポーランドのジャズに、と言うかポーランドのジャズ・ヴァイオリンに出合うんでしょう。
石:その前にまず日本で衝撃的な出会いがありました。友達のミュージシャンがこの人カッコいいよと教えてくれたのが定村史朗(さだむらしろう)さん。定村さんはニューヨークで何十年間もバリバリのジャズをやっていた人で、エディ・パルミエリのバンドでずっと弾いていました。聴いたらほんとにカッコよかったので「この人に会いたいなあ」と思って。そして実際にお会いして「教えてください」とお願いしたんです。1年間くらい習いました。それがヴァイオリンでクラシック以外のことをやるきっかけでした。定村さんは僕の師匠なんです。
定村史朗さん参加のエディ・パルミエリの作品↓
オ:なるほど、そこでまずポーランドのジャズを受け入れる下地みたいなのができたんですね。
石:そうですね。それでジャズを演奏できるようになるためにいろいろ聴きました。定村さんをはじめ、日本のプレイヤー、アメリカ、ヨーロッパ……結果的に一番肌に合ったのがヨーロッパ、とりわけポーランドのジャズヴァイオリンだったというわけです。
「ポーランドって若い世代のこんなにすごい人たちがたくさんいるんだ」
オ:プロフィールとかを拝見する限り、ザイフェルトにかなりインスパイアされているという印象を受けるんですが。
石:ポーランドのジャズ・ヴァイオリンというとやはりザイフェルトとかミハウ・ウルバニャク Michał Urbaniakということになると思うんですが、聴いたのはザイフェルトが最初ではなくて、順番が逆なんです。
はじめて聴いたのはたぶん、柏のナーディスでアダム・バウディフ Adam Bałdychがかかってた時だと思います。それがすごく素敵で。ただその時は「ふうん、ポーランドの人なんだ」的な感じでした。その後さらにマテウシュ・スモチンスキ Mateusz Smoczyńskiを聴いて、ポーランドって若い世代のこんなにすごい人たちがたくさんいるんだ、と驚いたんですね。
石:こんなすごい人たちが次々と出てくる国には何があるんだろうと思っていろいろ調べているうちに、ザイフェルトという人がいるらしいと。なので、もともとポーランドのジャズに興味があったとかいうわけでもなくて、最初はほんとうに偶然の出合いだったんです。
(ポーランドのジャズ・ヴァイオリンについてはこちら↓もどうぞ)
オ:それがやがて今回のザイフェルト・コンペ参加、そして3位という結果につながるわけなんですが、このコンペに参加するのは以前から強く目標としてあったんでしょうか?
石:最初に意識したのは、4、5年くらい前ですかねえ~。マテウシュが来日した時(筆者注:2019年)だと思います。その時僕はもう彼のファンだったんですが、来日してるって知らなくて。たまたまインスタを見て「日本にいるじゃん」ってびっくりして、ワークショップみたいなのをやると知ったので、締切はもうとっくに過ぎていたんですがお願いして無理矢理入れてもらって。
オ:あ、そういうのもやってたんですね。
(実はこの時のマテウシュ来日にはオラシオも陰で一肌脱いでいました。本人から日本に行くんだけど何かいい案はないかなと相談を受けまして、以前からポーランドのシーンとつながりがあるベーシストの小美濃悠太さんにおつなぎし、小美濃さんトリオとマテウシュのライヴが実現したのでした)
石:そうなんです。そのワークショップで、マテウシュと一緒に演奏することもできて、最後に「ザイフェルト・コンペに参加しなよ」と彼が言ってくれて。ただそれからコロナになってしまいましたよね。
コロナの間のコンペの審査方式がストリーミングだったんですよ。ポーランドには行かずに、東京のスタジオとかで演奏するのをビデオに撮ってそれをストリーミングで審査してもらうという。なんかめんどくさいなあ、と。
オ:確かにポーランドに行かないのはつまんないですね。
「決め手は審査員でした」
石:それが前々回のことで、前回は他の仕事とかの関係でなんかコンクールに参加するっていうモードじゃなかったんですね。でもコンペをオーガナイズしているアネタっているじゃないですか。彼女とはだいぶ前からフェイスブックでつながっていて。
オ:ああ、アネタ・ノレク Aneta Norekさんね。僕も友達です。
(アネタは音楽プロデューサー/オーガナイザー/ズビグニェフ・ザイフェルトの研究者。著書にザイフェルトの伝記本『Man of The Light : The Life and Work of Zbigniew Seifert』)
石:そのアネタから何回も「参加しない?」ってメッセージが来るんですね。何度もスルーしてたんですが(笑)、今回も来てて。あと、決め手は審査員でした。
オ:審査員。
石:僕はチェロのエルンスト・ライゼハー(エルンスト・レイスグルとも) Ernst Reijsegerの大ファンなんですが、今回は彼も審査員の一人で「あ、会いたいなあ~」って(笑)
(審査員はあと二人、ポーランドのレジェンド、ミハウ・ウルバニャクとドイツのチェリスト、アニャ・レヒナー Anja Lechner。ちなみにこのコンペはヴァイオリンだけでなく、ヴィオラやチェロ奏者も参加できます)
オ:実際にお会いして、何かお話したりとかは。
石:彼については音楽についてとやかく言うとかそういう感じの人じゃないとは会う前から何となくわかっていて。とにかくすごくユニークな人でしたよ。結果発表前、配信開始までまだ時間があるからみんなで踊ろうとか言いだして、謎のダンスを踊ったりして。
オ:(笑)それはたぶん、世界の見え方が違っちゃってる人なんでしょうね。
石:異端児だし、とてつもない人ですよ。音楽もそうだし。そもそも彼とは共通の知り合いがいまして。ピアニストの安田芙充央(やすだふみお)さんがドイツのWinter&Winterから出しているアルバムで弾いているのを聴いて、それで大ファンになったんです。安田さんは僕にとって、日本でいちばん尊敬する音楽家なんですよ。その安田さんの作品を通してエルンストを知って「これはとんでもない人だ。いつか会いたい」と思っていたんです。
エルンストが参加した安田さんのアルバム例↓
「あのセミの「Man of The Light」に全てを賭けていた感じですね」
オ:コンペは1次審査が音源を送って、セミとファイナルがそれぞれ3曲ずつ演奏するという形ですよね。
石:そうですね。1次も3曲必要で、そのうち1曲は独奏をという規定だったので、ザイフェルト本人も独奏で弾いている「Evening Psalm」を録音しました。あと2曲は、ちょうど自分のバンドで録音済みのソース(後述)があったので、それから選びました。
オ:セミとファイナルでは3曲のうち最低1曲はザイフェルトのオリジナルを演奏しなきゃいけないんですよね。セミが「Man of The Light」、ファイナルが「On The Farm」を選ばれていましたが、これは最初からこの順番、選曲でいくと決めていたんですか?
石:それは決めていました。
オ:Man of The Lightは僕も大好きな曲なんですが、あれ、基本が5拍子で途中で6になってまたちょっと5に戻って、とかなり難しい拍じゃないですか。
石:そうですね、とても難しいです。でもセミの1曲目にあの曲を持ってきたのは、戦略的な部分もあって。もちろん僕も大好きな曲でもあるんですが、何よりも大事なのは、何としてでもセミを突破したいということでした。だからこの曲を最初に持ってきて、バーンと、何か圧倒的なものを印象づけたかったんです。
コンテストである以上、順位、優劣がついてしまうので、誰も聴いたことのない自分のオリジナルとかをやるより、規定で定められたザイフェルトの曲でバシッと決める曲が欲しかったので、あの曲を選びました。
石井さんのセミの演奏(1:03:00あたりから石井さん登場)↓
石:とてもインパクトのある曲だし、やりようによってはザイフェルト本人のヴァージョンみたいに熱い持っていき方もできる。とにかく正直言ってあのセミの「Man of The Light」に全てを賭けていた感じですね(笑)
オ:なるほど~。クラシック時代にもたくさんコンクールで優勝されていたという石井さんならではのお話ですね。
石:コンテストではじっくりリハーサルをする時間はないので、1曲ザイフェルトの曲を演奏するとして、残り2曲何をやるかというところで、難しい曲とか複雑なオリジナルとか持っていっても細かく仕上げる時間もないし、はじめて会った人たちとじっくり創り上げていくというのは難しいですよね。僕は英語もそんな堪能ではないですし。なのでセミではリハも要らないくらいのスタンダード「フットプリンツ」をやったり、あとはバランスを考えてバラードとかダークなものとか、自分の個性もアピールしたかったのでオリジナルを、とか。バランスについては考えました。
「ポーランドの人はポーランドの音楽に憧れているわけじゃない」
オ:コンペでは、ポーランド人のホスト・トリオが参加者全員のバックで演奏するじゃないですか。あの人たち、全員すごい実力者なんですけど、例えばピアノのドミニク・ヴァニャ Dominik WaniaとかECMからソロ出したりしていて。それで実際にポーランド人と一緒に演奏してみてインスパイアされるところはありましたか。
(ベースはミハウ・カプチュク Michał Kapczuk、ドラムはダヴィト・フォルトゥナ Dawid Fortuna)
石:やっぱり空気感みたいなのは強く感じました。本場のポーリッシュ・ジャズのヴァイブスというか。ヨーロッパの人と演奏するのもほとんどはじめてだったというのもありましたし。
オ:ポーランドって、ジャズやるにしても何のジャンルの人でも、クラシックの教育を受けてきている人がほとんどなんですよね。そういう点で、同じくクラシックのバックグラウンドを持っている石井さんならではの感じ方みたいなのはあったのかなと勝手に想像しているんですけど。
石:僕がジャズを演奏しはじめた時って、すごく「アンチ・クラシック」的な気持ちが強かったんですよ。クラシックの窮屈なところにばかり目を向けていて、それに対するアンチ。ただ、ヴァイオリンを弾いている時点で西洋のクラシックとは切っても切れないところがあるわけです。それにクラシックは僕にとっての「第一言語」と言うか、そこは変えることができないですよね。だんだんそのことを受け入れていって。
自分の音楽をストレートに表現するためには、クラシックを避けて通ると言うか、なかったことにはできない。それもむしろ活かしていくほうが絶対にいい。そういった意味で、ポーランドとかヨーロッパのジャズはすっと自分の中に入ってくるな、というのはあります。
その感覚がすごくよく理解できるし、あとはまず、とんでもなくうまいじゃないですか。楽器がすごくうまくて、ちゃんとクラシックの下地があって、そのうえでジャズをやっていると。自分もそうありたいなと。ただクラシックに関しては、今回参加してみて感じた壁もありました。
オ:壁、ですか。
石:ホストのトリオだけじゃなくて、他の出場者に対してもなんですけれど。そもそも日本でヴァイオリンをやるとかクラシックをやるとか、何をやるにしても「西洋音楽ベース」でできている。ジャズもそうですよね。日本で音楽をやる以上、まず西洋のベーシックな音楽に憧れて、さらにそこから発展してジャズであるとかいろんなジャンルの音楽に憧れて勉強して、という人がほとんどじゃないですか。
でも日本にはそういう文化はもともとないわけですよね。もちろん民謡とかそういうのはありますが、それはまた西洋ベースのものとは別のフィールドですよね。とりあえず日本ではクラシックをやるにしてもジャズをやるにしても憧れから入って真似をしてという感じになるわけですが、ヨーロッパのミュージシャンたちは自分たちの「当たり前の音楽」がクラシックなんですよね。日本とは一段階違うと言うか。
もちろん向こうの人たちも勉強はするんですが、より近いというか、ベーシックな、クラシックの何百年も続いている土壌の中にいるというか。そういう環境の中にいるんですよね。他の出場者の演奏を聴いた時に、国が違えば個性も違って、何と言うか、その個性がすごくストレートに出ている気がしたんです。そう思った時に「じゃあ自分の演奏って何だろう」と。
クラシックもポーランドの音楽も経て、憧れの存在みたいに向き合ってきて、でもポーランドの人はポーランドの音楽に憧れているわけじゃない。当たり前のようにやっていて。もちろんその先に自分の個性はあるんですけど、その前に出てくる雰囲気と言うか、そういうものがすごく濃いんですよね。そのことにいちばん驚いたし、他の出場者たちもすごく尊敬しています。
「猛獣の檻に放り込まれるようなセッションばかりやっていた」
オ:なるほど。今回インタビューさせてもらうにあたって、これまでの石井さんの音楽をいろいろ聴いてきたのですが、コンペでの演奏や他のジャズ演奏に限って言えば、ものすごくゆったりと音楽全体を捉えて弾いているというか。あとは、コンペの他の出場者はけっこうエフェクトとかループ、ヴォイスとか使ったりという人がほとんどでしたけど、石井さんはそういうところとは違う、すごくストレートな部分で勝負しているなあと感じました。
石:それは「そうなった」んですね。
オ:そうなった?
石:僕は大学卒業してから今まで「武者修行」みたいな感じでやってきまして。在学中にも1年間定村さんに習ってはいましたが、それはほんとのほんとに基礎の基礎、コードの読み方とかコードトーンをアドリブで弾くとかほんとに最初の一歩みたいなことしか習ってなかったんです。
それで大学卒業して4月から、就職もしてないしどうしよう(笑)、みたいな状態で。何をしたらいいんだろうと。でも僕の場合は幸い父がジャズピアニストだったので、それからは父の演奏に全部ついていきました。それで父のライヴだけではないんですが、とにかく全然弾けもしないのに飛び入りで参加するんです。ヴァイオリン持って行くんですよ。
それでもう、ほんっっとに、ほんとに恥をかきながら、1つのライヴずつ、1曲ずつ、経験を積み重ねていって、そのうち少しずつ自分のライヴをさせてもらえるようになって、月に何本か、やるようになっていって。
ただすごく恵まれていたのは、今までずっと一緒にやってきたミュージシャンがほとんど年上の、凄腕の人ばっかりで。自分は同世代の人と切磋琢磨みたいなことはしてこなかったんです。だからもう、格上も格上、見上げてもまだ見えないような人たちの中に入って行っていろいろ言われたりアドバイス受けたり恥をかいたりしながら、叩き上げでやってきたんですね。
オ:なんかむしろ昔のジャズ・ミュージシャンに近いですね。
石:そうなんですよ。猛獣の檻に放り込まれるようなセッションばかりやっていたので、エフェクター使ったり細かい工夫をしたりの余裕がないというか、なるべくしてそういうスタイルになったというか。エフェクターをいじるためにうつむいている時間なんてない。その間にどんどん音楽は進んでいって、もう何が起こるかわからない。そんな環境でずっとやってきたので。
(年長ミュージシャンたちとの共演例。吉田美奈子さんのプロジェクト「柊」。今月21日をもって活動終了のポスト↓)
オ:セミの「Man of The Light」はそういう「積み重ね」が凝縮されたものと言えそうですね。ところで他の出場者についてのお話もありましたが、演奏している以外の時間で、みんなとはふれあいの機会みたいなのはあったんですか。
石:ありましたありました。「結果発表までみんなで飲みに行こうぜ」とかそんなノリでしたよ(笑)。ファイナルの発表の時もみんなでビール片手に入って行ったりとか。フレンドリーでいい人たちでした。「お前これ好きだろ、アダム好きだろ」とかむっちゃ言われましたね(笑)。審査員のエルンストも含め、すごくいい「人とのつながり」ができて、それが今回いちばん良かったことだったと思っています。
「とにかく難しすぎる。ヴァイオリンはジャズを弾くには」
オ:では石井さんご自身の音楽にもう少しフォーカスしていきたいんですが、最近はヴィオラとかチェロとかも演奏されているんですよね。これはどういうヴィジョンから?
石:(笑)あー、それは単に僕がヴァイオリンよりもヴィオラが好きで、さらにヴィオラよりもチェロが好きだからです。低い音に魅力を感じてしまうんですよね。チェロは音域が広いですよね。もし自分がヴァイオリンをやっていなかったら、そして同等のスキルがあるなら絶対チェロをやっていたと思います。
ヴァイオリンって他の楽器にコンプレックスを持っているんです。低い音は出ないし、高い音って言っても使いものにならないようなものですよね。となると実質よく使うのは2オクターブちょっとしかない。そう考えると、ジャズで使うにはかなり制約が多い楽器だなあと。
オ:ジャズ・ヴァイオリニストが少ないのはそういう理由もあるのかもですね。
石:それは絶対あると思いますね。とにかく難しすぎる。ヴァイオリンはジャズを弾くには。ジャズでよくあるコード進行とか、フラット系のスケールだとか、ジャズ的な音づかいをヴァイオリンで弾くのは難しすぎるんですよ。
ヴァイオリン弾きじゃないとわからないことだと思うし、たぶんヴァイオリン弾きの中でも「なぜ難しいのか」を分かってない人も多い気がします。なんでヴァイオリンでジャズが弾きにくいのか、というのは根本的な問題としてあると思うんです。そういうのも少しずつ自分が解明して、みんなに伝えられたらいいなと思っています。
オ:あと個人的に面白いなと思っているのが「みみみレコーズ」のポップ系作品群なんですが。いちリスナーとしてああいうテクノポップみたいなのかお好きなんでしょうか?
石:最近は止まっちゃってるんですが、昔はああいうのがやりたくて。作曲しはじめた頃は坂本龍一やYMOが好きで。これは高校時代からそうだったんですが、少し古い時代のポップスが好きだったんですよ。現在進行形の流行っているものよりは、ちょっと昔の。それでそういうものが作ってみたくて。
オ:確かに80年代テイストはすごくありますね。
石:でもその経験を通じて、作曲と演奏って真逆の作業というか、そういうことを知りました。クラシックだとある曲の楽譜があってそれを読んで演奏する、ということになりますが、それとは真逆と言うか、まず何もないところから生み出して、楽譜が必要だったら自分で書いて、それを音源にしたり誰かに演奏してもらったり。そういう双方向の作業を経験して、それはかなり自分のためになってますね。
「今まで自分がやったことないようなレコーディングでした」
オ:King Gnuのツアーにも参加されていましたね。
石:ヴォーカルの井口(理)くんは藝大の同級生なんですよ。そんな近い位置にいる人が、あんなすごいステージで。もうほんとうに感動したんですよ。本人たちが100%やりたいことをあんなに全力でやって、それに何万人もの人たちが熱狂しているところに立ち合えて。まあちょっとジャズじゃできないなあとも思いましたし(笑)。
もちろんより売れるための工夫と言うか、そういう部分もあるとは思います。でもそんな中で自分たちのやりたいことを全力でやっていくその姿勢にはものすごく刺激を受けました。やっぱりすごく綿密に準備していますし、バックアップの態勢も整っていますし。
そういうメジャーと言うか、商業的な音楽づくりの場とジャズはまた全然違うわけで、いろんな現場を体験できるというのは面白いです。
オ:いろんな現場と言えば「虎に翼」のサントラにも参加されていますね。こちらは何か印象的だったこととかは。
石:それはすごくありましたよ。虎に翼は、ストリングス・セクションのリーダーがヴィオラの波多野敦子(はたのあつこ)さんという、フリーインプロヴィゼイションをバリバリやる人なんです。ワールドワイドに活動されていてヨーロッパの人たちとも精力的に演奏されている方です。その波多野さんに声をかけてもらった形ですね。
石: 波多野さんのレコーディングはとにかく異質なんです。僕もふだんスタジオミュージシャン的なこともしているんですが、そういう時のレコーディングはとにかく時間との勝負なので、ささっとばばっと録って終了、ということも多いんです。
でも「虎に翼」の録音に関しては「えっ、これマイクにちゃんと音入ってんのかな」というような小さい音を出すように要求されたり、音を砂つぶとか粒子とか、そういうものの上に覆いかぶさるような、みたいなとんでもなく繊細なディレクションで、今まで自分がやったことないようなレコーディングでした。サントラではあるんですが、とにかくすごく繊細に作ったものですよ。
オ:改めてちゃんと聴いてみないとなと思いますね。あとちょっと気になったのは、弦楽四重奏のLESS IS MORE String Quartetですね。なぜ熊野推しなんですか。メンバーのプロフィール見たら全員、、、
石:そうそう、出身者は誰もいない(笑)。あれはプロデューサーがそちらの人だからですね。そもそも「ご当地音楽」的なことが目的のプロジェクトではなかったんですが、世界に発信していくうえでそういうコンセプトがあることは大切なので。
でも今、同じメンバーで別プロジェクトが発動していまして。ドラムとかも入り、エレキも導入してみんなの足下にはエフェクトペダルが置いてあったりして。今年の3月に京都でそのプロジェクトのライヴをやったんですが、僕なんかヴァイオリンを片手にずっとシンセを弾いてたり(笑)。今アルバムを制作中で、アレンジ作業やレコーディングなどを進めています。
「日本人ってむちゃくちゃヴァイオリンうまいじゃないですか。それなのに」
オ:新しいプロジェクトのこともお聞きしましたので、今後のヴィジョンと言うか、具体的なものでもそうでなくてもいいのですが、これからについてうかがいたいのですが。
石:まず1つ目は、今ちょうど制作中のバンドのアルバムがあって、もう録音は済んでいるんですが、それをもとに自分たちの音楽を国内だけでなく、世界に向けて発信していきたいということですね。どこからリリースしたらいいだろうということを考えている最中でして。できたらヨーロッパのレーベルから出せたらすごくいいなと思っていて。どこかいいご縁があれば。ワールドワイドにやっていきたいなと思っています。
オ:この「バンド」というのは。
石:ピアノが父の彰、ベースが水谷浩章さん、ドラムが池長一美さんのQuadrangleですね。
オ:もうレコーディングが終わっていて、その音源がすでにあるわけですね。
(なるべくならヨーロッパのレーベルから、ということですが国内のレーベルでももしご興味ある場合は、石井さんにコンタクトしてみてはどうでしょうか。国際的ジャズ・ヴァイオリン・コンペ3位に輝いた石井さんが受賞後にはじめてリリースするジャズ・グループ・アルバムになりますよ)
オ:でも、今回コンペで3位になってポーランドとのコネクションもできましたよね。ポーランドの人たちとのレコーディングやツアーなども視野に入ってきたのではないかと。
石:そんなことができたらいいんですけどねえ。ドイツのレーベルACTとか、アダムもたくさん出していますよね。ACTもすごく好きなので、そういうところから出せるようになれば、ゆくゆくは向こうのアーティストとかとも何か出せる機会があるのかなとは思うんですけど。
オ:サイトのテキストなどを見ると、ジャズ・ヴァイオリンやポーランドのジャズという文化をもっともっと広く伝えようという熱い意思を強く感じ取れるんですが。
石:そうですね。もう1つの目標は、国内の弦楽器のジャズとかインプロ・シーンも盛り上げたいということです。
だって日本人ってむちゃくちゃヴァイオリンうまいじゃないですか。それなのにジャズを演奏する人がほとんどいないというのは、やっぱりヴァイオリンでジャズを演奏するという文化があることが全然浸透していないからじゃないかと。僕もそういう世界があるのをまったく知らなかったですから。あまりに知れ渡ってなさすぎる。世界規模で見るとそういう活動をしている人がいるんだってことが全然知られていませんよね。だからそういうことをもっちょっと日本に広めていきたいですね。
日本でジャズ・ヴァイオリンというとジプシー・ジャズ系、フィドルとかアイリッシュ系とかが人気があるんですが、一方でモダン・ジャズとかポーランドのジャズに影響を受けたという人はまずいないので、やっぱりもうちょっと広げたいなと。
そもそもジャズを学ぶところも少ないですよね、日本は。私大だとジャズ科もちょこちょこっとあるところもあるんですが、人も少ないですし。自分もジャズをどこかで学んだわけではないですし。藝大もジャズ科はないですからね。
優秀な人ほど、本来ならもっといろんな選択肢があっていろんな道があるはずなのに、ヴァイオリンに関して言えばもうほぼクラシックしかないみたいな感じになっているんですよ、日本では。そういうところを少しずつでも変えていけば、日本からもどんどんいろんなことをやる人が出てくるんじゃないでしょうか。
「一音聴いただけで誰が弾いているかわかる、みたいな。僕はそういう奏者が好きなんです」
オ:ジャズ・ヴァイオリンの今の本場ポーランドのコンペティションで3位を獲得され、これからのポーランド・ジャズ伝道師ぶりにもさらに弾みがつくと思うのですが、最後に「これから」のファンに向けて、改めて「この人は聴いて欲しい」というミュージシャンがいれば。
石:ヴァイオリンで言うと、その人独自の音色を持っている人ですね。一音聴いただけで誰が弾いているかわかる、みたいな。僕はそういう奏者が好きなんです。その意味で言えばアダム・バウディフは特別だと思います。
ただまあアダムの場合は、ポーランドと言うより、あのすごい才能の人がたまたまポーランドの人だったというふうに勝手に思っているんですけど。いわゆる王道のザイフェルト的な演奏をするわけでもないですし、かなり自分の世界を持っている人ですし。
そういうところを含めて、そんなすごい人をポーランドが生んだんだ、とも逆に言えるわけですけど。あとはコンペでも曲を演奏したレシェク・モジジェル Leszek Możdżerの音楽もすごく好きですね。
また、ポーランドではないですけど、さっきもお話しした安田さんとか、ベルギーの管楽器奏者ヨアヒム・バーデンホルスト Joachim Badenhorstもすごい音楽家だと思っています。
(アダムとレシェクのデュオ・アルバム↓)
オ:肝腎のザイフェルトは石井さんにとってはどういう音楽なんでしょうか。彼の音楽の魅力とは。
石:まあ「ぶっ飛び系」と言うか、これまでのジャズ・ヴァイオリニストの中では後にも先にもない。彼はもともとサックス奏者で、コルトレーン系の音楽をやっていたんですが、それがそのままヴァイオリンになっているというのは当時そんな人は誰もいなかったと思うし。
ジャズ・ヴァイオリンではフランスのジャン・リュック・ポンティとか、あとはもう少し下の世代のディディエ・ロックウッドとかが同時代の有名な奏者になると思います。でもその中でもザイフェルトはとても異色と言うか。ディディエも彼の影響を確実に受けていると思うし、彼の音楽は当時のヴァイオリニストたちにものすごく衝撃的で、そういうパワーがあるものだったと思います。
オ:そもそもオフィシャルで遺された音源が極端に少ないですよね。後年の演奏家が彼の作品にじっくり向き合うのも、なかなか環境が厳しいところもあるのでは。
石:僕が聴いた彼の音楽はほとんどYouTube経由ですが「Passion」はレコードを買いました。あれが彼の生前最後のレコーディングですよね。ザイフェルトの音楽に出合う前からジャズは聴いていたので、ジョンスコとかゴメスとか「えっ、こんな人たちと一緒にやってるの!」と驚いた記憶があります。
死を覚悟していたからなのかレコーディング当時たぶんもう病気だったと思うんですが(筆者注:ザイフェルトは1979年に癌で死去)、その覚悟と言うか、気迫、鬼気迫るものをあのレコードからは感じ取ることができます。その音楽がほんとうに衝撃的で、もう何度も何度も聴いたし、コピーしたり練習したりもしましたね。
https://www.discogs.com/ja/release/2719479-Zbigniew-Seifert-Passion
オ:長い時間、ありがとうございました。これからもお互い、お互いというのも変なんですが(笑)、ポーランドのジャズをさらに日本に広めていくために頑張りましょう。これからもよろしくお願いします。
石:こちらこそよろしくお願いします。ありがとうございました。
ありがとうございます!サポートいただいたお金は全国の図書館をめぐる取材旅の経費として使わせていただきます。