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知らんがなin the flight
上空8,000メートル。機内に温かい拍手が溢れる。
私も送ってる。この状況で拍手しないでいられる人がいるのか?こういうところに出くわすのが私。失恋したての身で。
「何度も話し合ってきたことだろ」
「そうだけど」
「遠距離続けられないって言ったのくみちゃんだし」
「だけど」
「だったら高知に来る?」
「…それは」
こんなやり取りを何度しただろうか。ここ数カ月は別れ話ばかり。何度も別れて何度も戻って。だけど今度ばかりは終わり。好きな人ができたって言うんだから。
高知の女に彼を取られた。
「堪忍やき」「好きおうちょるき」とか言うんだろうか。知らない誰か。宮尾登美子作品の観過ぎ。しんちゃんが高知に転勤になると決まった時、一緒に観た。
『櫂』
『蔵』
『一絃の琴』
あの人たちに勝てそうもない。素直じゃないし。情熱的じゃないし。あの人たちと並べられたら、おなごかどうかも怪しいかも。しんちゃん、ほんとはそういうの好きだよね。いや。男はみんなそういうの好きなんやき!「やき」なんて今も言うのかな。大体本州の人が「北の国から」に憧れたってやって来るけど、あんなのどっか違うから。「なになにっしょ」なんて昔からあんなに言ってたかな?それに富良野だって。平板な発音してるけど、フにアクセントがあるんだから。
「すみません」
?
「はい…?」
「すみません。これ、渡してもらえませんか?」
「お花?え?なんですか?」
「すみません…今のプロポーズ。友人なんです」
「…はぁ」
「私、彼の代わりにお花と指輪渡すことになってたんですけど、ぎっくり腰になっちゃって。立ち上がれないんです」
ムリムリムリ!失恋したてなんだから!
「いや。無理です!」
「そこをなんとか。これ持って彼女のところ行かないと終わらないんで」
「知らないですよ、そんなこと」
どうりで、機長の「結婚してくれますか」のあと、なんだか間延びしてるわけだ。そんなこと言ったって知らないよ。
「いやぁ、私そういうの苦手なんで」
隣の人を見る。横向いた!
後ろの人!横向いた…
「ありがとうございます!16のDの席のショートカットの女性です」
恥ずかし!!!絶対やだ!こんなの!なんで持っちゃってんの?花束と指輪。衆目を集めて。みんなが私を見てる。主人公じゃないのにこんなに見られちゃって。なんなんだ、この辱めは。走っちゃダメ、走っちゃダメ。ゆるりゆるりと行った方がいいわよね。
あれ?この人。11のD。この人見たことある。
あ。
しんちゃんと初めて別れた時、やたらに婚活パーティや合コンに行った。いつだったか、そのどれかに来てた人だ。ものすごく冴えないと思ったけど意外と普通じゃない。私もああいう場じゃ数割減に見えるのかな。失恋して、必死に穴埋めをしようとしてる私はどう見えたのか。今だって、本当にもう収拾のつかない最後を迎えて、高知のおなごに恋人を取られて、花束持ってプロポーズの手伝いしてる人。それを自分だけは知っている。悪い気持ちを解放したら、、、
「悋気嫉妬の執着し、邪心執念いや勝り、我は蛇体となりしよな」
蛇になるほど感情出してたら、高知に負けなかったの?
16のD
ショートカットの女性。うつむいてる。そりゃそうだ。って言うか、もしも!機長!この人が断りたかったらどうすんの?…そんなわけないか。絶対OKの確信なしにこんなことする馬鹿いないよね。
「き、機長さんからです」
「はい」
渡しちゃったよ。かくして我が心の蛇はまたも闇に葬られ、ハッピーエンドな二人に拍手を贈るのであった。