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ペールギュント殺人事件⑥
「婆さんに金を借りて、その借金を黒幕が返済してやったのか? で、黒幕がコンサート主催者?」
椎名の言葉へ
「婆さんじゃないって、マ・ル・ガ・イ」
得意げな顔で土居が微笑む。
こんなに単純な事件なら一課で片付くんだったのにと、土居は内心思っていた。椎名は椎名で、四課のマル暴対策をしている土居を連れてきたことへ罪悪感を抱き、車内は沈黙が続く。
「なぁ、
世界的な有名人を楽団員が分からないなんて」
「そりゃそうだろ? 土居ちゃんの隣に芸能人がいたらすぐに気づかないだろう?」
「まあ、まさかと思うかもしれないな」
土居はひと呼吸置き
「椎名、これは俺の独り言として聞いてくれ。
事件があまりにも単純だと思わないか?
バイオリニストの、誰だっけ?」
「氷室奏一」
「そう、防犯カメラや関係者からその氷室とすぐにバレるんだせ?リスキーだろ?
婆さんに毒物を飲ませて、氷室が舞台へ顔出しして
借金が帳消しになっても、待っているのは懲役だろうよ。普通、するか?」
椎名は真っ直ぐ前を見ながらハンドルを握り
「金は人を変えるからなぁ、着いたぞ」
何度目の到着か。
杉並カルチャーホールは、いつ来ても大きな建物で、青光りがするガラスの多面体をしている。
有名なオーケストラにはぴったりの大ホールがあり、受付に来るのも馴染みになってきた。
受付の女性は土居と椎名へ会釈をし
「今日も監視カメラですか?」尋ねる。
「いえ、今日はあの日のコンサート主催者を教えてもらいに伺いました」
婆さんと言っていた椎名の言葉遣いが変わる。
「コンサートの主催者でしたら、刑事さんご存知ないですか? 被害者の摂津綾子さんですよ。
正確に言えば、摂津さんの亡くなったご主人が主催者です」
車へ戻った土居と椎名はタブレットを見て
「氷室奏一の通帳へ振り込んだ名前、摂津じゃないよな? コイツは誰なんだよ」
「土居ちゃん。思うんだが、通帳の主はオレオレ詐欺で他から通帳を調達する手口で別人になりすましたヤツなんじゃないか?」