今村夏子『とんこつQ&A』(講談社)を読み終えて
今村夏子『とんこつQ&A』の見本を、講談社からいただいた。「群像」がTwitterにてプルーフ読みを募集していたから、応募してみた。この本屋を始めてからは、初の試みだった。今村夏子さんの作品は読んだことがなかったが、代わりに読む人の友田とんさんが猛烈に推薦していて、気になっていたのだ。
この本の凄いところは「ささやかな狂気・歪み」をきちんと日常に内包させて描いていること。全く大袈裟になることなく、的確です。さらっとした文体や語彙で、身体にするりと入り込み、すぐに出て行き、今のは何だったんだろうと戸惑わせる。先日見本の画像も公開されていて、鈴木千佳子さんによる素晴らしく可愛い装幀(岡本真帆『水上バス浅草行き』(ナナロク社)の記憶も新しいですね)になっていたので、これはもう大興奮でございます。
ご予約受け付けますので、コメントやお問い合わせ、DMなどでご連絡下さい。以下、収録作4篇の感想です。
「とんこつQ&A」
中華料理店「とんこつ」で働き始めた主人公は、言えなかった「いらっしゃいませ」を、メモを読み上げることで克服する。それからというもの、いらっしゃいませなどの挨拶、店の名前の由来、おすすめメニューなど、店内で発するあらゆる発話をメモに記入し、「とんこつQ&A」を作り上げる。メモをさっと取り出し、お客様からの言葉に応えるのだ。そこにもう一人、アルバイトの丘崎さんが加わって…。
冒頭の店名に関するあるあるネタを飲み込み、QとAが唐突に登場したり、メモを見なくては喋れない主人公を、それくらいはありえるかもな、と許容してページをめくったが最後、あれもこれもと詰め込まれ、最終的にはとんでもない地点まで連れて行かれる。設定の勝利。
奇抜というか、人を食ったようなというか、あまり聞き馴染みのないタイトルだった。それがどうだ、読み終えた後ではこのタイトルでしかあり得ない。
「嘘の道」
「与田正」といういじめられっ子が話題の中心にはなるものの、直接に登場する場面は少なく、彼の周りをぐるぐるとまわる噂と悪評で物語が進む。その噂自体が主人公の姉弟自身に襲いかかるのは何の因果か。
「良夫婦」
「思い知ったにもかかわらず、その後の友加里は、時々、そのことを忘れた」
朗らかで、人の苦境にすぐ同情してしまう妻と、尻に敷かれているようでいざという時は頼りになる夫。古くなった家で過ごす二人はしかし、重大な過失を隠しながら生活している。妻の失敗を夫が隠し、今日も変わらず働き、眠る。穏やかな描写のまま終わるのがなかなか怖い。
「冷たい大根の煮物」
ああ、やはり。という結末ではあるし、主人公は客観的に見ても被害者だと思うのだが、一連の出来事はもはや主人公の一部になっていて、生活の役に立っている。主人公に悲しそうな素振りも描写もない。善悪ははっきり分かれてやってくるのではなく、分かち難く私たちの生活に染み付いていることを意識させられる。