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幸せのおすそわけ

誰だって幸せになりたいに決まってる。


「うちの課で結婚してないの、お前だけじゃないか!」

華やかな祝いの席。
顔を猿のように赤らめた上司が、何がおかしいのか、ニヤついた顔を向けてわたしに言った。


「あなたも独身ですけどね」

なんて言えるわけもなく、「本当に、参っちゃいますよね〜」と、歳を重ねるにつれて上手くなった薄ら笑いで応えた。


今日は会社の後輩の結婚式。
いたるところに彼女らしさが盛り込まれていて、挙式はダズンローズの人前式。12本のバラを新郎がゲストからもらい集め、花束にして新婦に渡すという、おそろしくロマンチックなアレである。

その挙式が無事に執り行われ、披露宴が始まり、それなりに食事を楽しんでいたところだった。
主賓としてのスピーチを終えた安心感からか、ハイスピードで飲む猿上司はすっかり出来上がっている。

「お前もなぁ、男に花束くらいもらえるような女になれよ」

ダズンローズの演出のことを思い出しての言葉だろう、「花は男からもらうもんだ」だの、「いい女には自然と花をあげたくなるんだ」だの、いつまでもバブルを生きるおじさんが御託を並べている。


「先輩!」

声の方へ顔を向けると、今日の主役がこちらに手を振りながら満面の笑みを浮かべていた。
淡いミントグリーンのカラードレスに、手にはピンクや白のパステルカラーでまとめられた丸いブーケが握られている。

「今日は本当にありがとうございます」
「こちらこそ、招待してくれてありがとう。改めて結婚おめでとう。ドレス、可愛いね。似合ってる」

ふふふ、と少し照れて、でも幸せそうに笑う彼女は本当に可愛らしい。その素直さがまぶしくて、ほんの少し、羨ましく思った。

祝宴が終わり、退席しようとしたところで「良ければ持って帰りませんか?」と式場の人からテーブルに飾ってあった花束を差し出された。
「ああ、すいません。けっこうです」
これまた得意の薄ら笑いで丁重にお断りすると、「せっかくなんだから貰っておけよ!」とバブル上司が何か言っていたが、聞こえないフリをした。

ダズンローズも、ミントグリーンのドレスも、ピンクのブーケだって、ひとつもわたしには似合わないのだから。

それから数日後、久しぶりに来た美容室の外に人だかりができていた。

「あの、今日って何かあるんですか?」
「あ、はい!実はお花屋さんが来てくれてて。良かったら帰りに覗いていってくださいね」

花屋……?

カットを終えて外に出ると、色とりどりの花が並べられている。何となくぼーっと眺めていると、「こんにちは」と笑顔の女性が立っていた。

「今、フラワービュッフェっていうのをやっているんです。結婚式で仕入れたお花をg単位で売っているんですけど、いかがですか?」

結婚式、というワードに思わず先日の結婚式が思い起こされた。

「結婚式の花は、あんまり得意じゃなくて......あ」

目に付いたのは、青色の花。

「変わった形ですね」
「あぁ、これはムスカリっていうお花です。メインというより、アクセントに入れるといい感じになるんですよ~」

バラみたいにひらひらしていない、だけど丸みのあるしっかりした形と鮮やかな色。嫌いじゃない、と思った。主役にはなれないところも、好きになれそうな気がする。

ふと周りを見渡すと、お客さんは女性ばかり。
思い思いの花を手に取っては束ね、小さな花束を作っていた。


――花は男からもらうもんだ


あぁ、バカみたいだ。
あんな時代遅れの男を否定しながらも、あの言葉に囚われていたなんて。

「これ、花束にしていただいても良いですか?」
「もちろん!せっかくですから、他のお花とあわせてみましょうか」


そう言うと、店員さんはテキパキ花を集めていく。緑色の小さい花と、あぁ、あれは知ってる、ユーカリだ。慣れた手つきでゴムを巻いて、あっという間に花束が出来上がった。

「こんな感じでいかがでしょう?」
「素敵です、ありがとうございます。……花って、贈りものじゃないと買えないんだとばかり思っていました」


でも、自分に買ってあげるのも、良いですね。


店員さんはにっこり笑って、
「そうですね。自分へのご褒美に買っていらっしゃる方も多いんですよ」
「自分への、ご褒美……」

手に持った小さな花束を見つめる。
特別甘い香りがするわけでもないけれど、この花はやっぱり嫌いじゃない。

「そうだ!ムスカリの花言葉ってご存知ですか?」


――“明るい未来”

家に帰ってすぐ、使っていないグラスに花束を生けた。気持ちが軽やかなのはきっと、髪を切ったからだけじゃない。

※お花屋さんのブログで書いた記事に加筆・修正を加えたもの第2弾。せっかくなのであげてみました。



#小説 #エッセイ #コラム #お花

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