三遊亭遊雀、圧巻の「淀五郎」〜新宿末廣亭七月下席千秋楽(その2)
(承前)
中入り休憩後の食いつきは、太神楽の春本小助・鏡味小時。先週は披露されなかった、傘を使っての曲芸から開始。
春風亭昇也、自分の売れ方が中途半端だとし、埼玉の独演会で係の女性に客と間違われたことを話し、「馬のす」の型を使い、末廣亭十日間のエピソードでネタをつないだ。
桂歌春、花火大会の季節にちなんで「たがや」。続いて、北見伸の奇術。先日と同様のマジックだが、やはりタネは分からない。観客参加型のマジックがあるのだが、最前列の私は指名されてしまう。動物の中から何か思い浮かべてもらい、それを北見伸が小さな黒板に書いて当てるというもの。私は「ウシ」と答える。続いて、スポーツと別の客が指名され、「ハンドボール」。最後は取り出したトランプの中から選ぶ。見事三つとも当てるのだが、これはなんとなくカラクリが読めた気がする。推理小説の謎解きのようである。
千秋楽の大トリ、三遊亭遊雀はネタ出しで「淀五郎」。当然、これが私のお目当てである。歌舞伎を題材にした落語の演目はいくつかある。その一つ「中村仲蔵」は、講談・浪曲でも演じられ、神田伯山の得意ネタの一つでもある。ドラマや舞台化もされた、歌舞伎役者・中村仲蔵出世の話。
「淀五郎」の方の主人公は、市川團蔵の弟子・澤村淀五郎。團蔵は、当代が九代目と現代にも続いている名跡だが、「淀五郎」の團蔵は「圓生百席」に収録されている芸談で、「五代目と言われて来たが、初代仲蔵(1736−90年)と同時代となると、四代目“目黒團蔵“(1745−1808年)でないと話が合わない」と圓生が語る。遊雀もこれに従っている。
主役を演じることができる役者は、“名題“という位なのだが、淀五郎は名題下の“相中(あいちゅう)“という身分。團蔵座頭、自身の大星由良之助で「仮名手本忠臣蔵」をかけるのだが、塩谷判官を演じる役者が体調不良で出演が出来なくなる。そこで團蔵は、淀五郎を抜擢、“名題“に昇格させ判官を演じさせる。
忠臣蔵の四段目。忠臣蔵は、浅野内匠頭が殿中で吉良上野介に切り掛かり、その責を取って切腹をする。そしてその主君の敵を、大石内蔵助以下の家臣が取ろうとするドラマ。「仮名手本忠臣蔵」では、フィクションの体裁を取るために、時代を変え、名前を塩谷判官、高師直、大星由良之助と変える。その切腹の場が四段目である。
さまざまな思いを抱きながら腹を切る塩谷判官、主君の最期を見届けるべく、大星由良之助が揚幕から花道に入ってくる。七三のところで一旦座り、そして判官の側へと近づいてくる〜はずなのだが、師匠團蔵は来ない。
遊雀演じる淀五郎に、客席はじれる。「淀五郎、なにやってるんだ、師匠の期待に応えろよ」
自分の芸が拙いからだと悩む淀五郎、この窮地を救うのが前述の中村仲蔵である。「中村仲蔵」で描かれるのは、名題に昇進したばかりの仲蔵。振られた役が、同じ「忠臣蔵」五段目の斧定九郎一役。五段目は、荘厳な四段目の後の幕で、“弁当幕“とも言われた見物も軽視した場面。がっかりする仲蔵だが、自身の工夫で現代にも継承される定九郎を造形するというのが「中村仲蔵」。
「淀五郎」における仲蔵は、団蔵と並ぶ実力役者。彼が淀五郎にアドバイスするのは、演技術と判官の“腹“〜心持ちである。判官が由良之助に伝えたいことはなにか。これで淀五郎の芝居が変わる。「圓生百席」では、仲蔵はテクニックを細かく指導する。遊雀の演出はむしろ後者に重心が置かれた印象で、私は遊雀を支持する。
そうして、遊雀の切腹場面は、仲蔵からの助言の前後でガラッと変わる。素晴らしい!
考えてみれば、前半の神田松鯉が演じた河内山宗俊、遊雀の澤村淀五郎、歌舞伎と落語と講談の、素敵な相互関係を楽しんだ宵となった。
最後は、高座はなかったものの楽屋入りしていた伯山も登場し、三本締めで千秋楽終演。
こういう企画を実現させてもらえないだろうか。三遊亭遊雀・神田伯山二人会、前半が遊雀「七段目」、伯山「中村仲蔵」、後半が伯山「安兵衛婿入り」、遊雀「淀五郎」。
お願いします!!
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