スコット・フィツジェラルドと村上春樹(その2)〜「ザ・スコット・フィッツジェラルド・ブック」
「マイ・ロスト・シティー」から7年が経った1988年、村上春樹はスコット・フィッツジェラルドに関する2冊目の本を上梓する、「ザ・スコット・フィッツジェラルド・ブック」である。
“あとがき”で、フィッツジェラルド作品に触れてから20年以上の歳月が流れ、<まず第一に僕も〜と比べるのも気がひけるのだが〜小説家になった。そして少しずつ、少しずつ、彼が死んだ歳(四十四歳)に近づいている>と書いている。単行本版の帯の惹句にもこの一文が使われていた。この時、村上は三十八歳である。
この本は、フィッツジェラルドにゆかりのあるアメリカの五つの町に関するエッセイや、ゼルダ・フィッツジェラルドの短い伝記、そして二編の短編の翻訳によって成り立っている。
「マイ・ロスト・シティー」と本作は続けて読むことをお勧めする。前者で描かれた世界が、村上春樹のエッセイによって肉付けされ、フィッツジェラルド作品をさらに楽しむための下地を取得することができる。
最初のエッセイはニューヨークに関するもので、ニューヨーク市の「ライダーズ・ニューヨーク・ガイド」をひもときながら、フィッツジェラルドの<「マイ・ロスト・シティー」を細密に、実証的に、映像的に読んでみよう>というものである。
その中で、このガイドブックについて、<僕は実際にニューヨークに行ったことがないのでよくわからないが、ニューヨークに詳しい方ならもっと楽しめるかもしれない>と書いている。今や、世界的に有名な存在であり、アメリカの大学でも講座を持った村上春樹だが、こんな時代があったのだ。また、だからこそ書くことができたものがあるようにも思う。
収録された短編は、2つのコントラストをなす作品である。「自立する娘(On Your Own)」は1931年に書かれたが発表を断られた、<一級品の短編に比べるといくぶん格が落ちる>作品である。そうした作品を訳するには、相応の理由があり、そのことについても解説で触れている。そして主人公は女性である。
もう一つの「リッチ・ボーイ(金持ちの青年)ー(The Rich Boy)」は、「グレート・ギャツビー」 直後の1926年初に発表された。フィッツジェラルドの短編ベスト3を選ぶとしたら、<まず落とせない作品>であり、その<作品群の中での位置的な重要性をとってみても、ズシリと重い短編小説である>と、村上は書いている。
もちろん、タイトルの通り主人公は男性、それも裕福な青年であり、ギャツビーを彷彿とさせる。「ギャツビー」におけるニックのような存在の、“僕”が時折顔を出す。
この2つの短編を選んだことには、当然意図的であり、それは見事な対比になっている。カードの裏表のようで、どちらもフィッツジェラルドの本質であるように見える。
原文は両作とも比較的読みやすい。ただし、後者は長いこと、ストーリーの展開がダイナミックであることから、いささか時間はかかった。もちろん、そのことが「リッチ・ボーイ」をフィッツジェラルドの代表作の一つにしているのだ