大阪の喫茶店〜ミックスジュースで思い出す(その1)
宮本輝の「流転の海」シリーズの第6部「慈雨の音」を読んでいると、喫茶店からミックスジュースを出前で註文する場面があった。時代は昭和34〜35年である。登場人物の一人が、<このミックスジュースというのは、どうも大阪を中心とした関西圏の喫茶店だけにしかない代物らしい>と話す。
私の子供の頃、週末の楽しみと言えばデパートに行くこと。特に買い物はないが、おもちゃ売り場で商品を見る、デパートの屋上のミニ遊園地のような場所で遊ぶのは、子供にとっては“非日常”であった。そして、一休みに入る喫茶店。
行き先が“キタ”なら、阪急百貨店の中にあった「コロンバン」。“ミナミ”なら、心斎橋筋商店街にあった「プランタン」が定番だった。後者には“ハンバーガー”があった。
アニメ「ポパイ」の中でウィンピーが食べるハンバーガー。ものすごく美味しそうで、子供心に「どんな食べ物だろう?」と、「いつか食べたい」と願っていた。ポパイのエネルギーの素、缶詰のほうれん草には全く興味が湧かなかった。どんなに工夫をこらそうとも、子供は本質を見抜く。
「プランタン」でハンバーガーを見つけた時は、狂喜した。マクドナルドなどができる前の時代である。そして、大阪の喫茶店における飲み物といえばミックスジュースである。 バナナなどの果物、牛乳などをミキサーで混ぜて作る。子供に取ってはご馳走である。
東京にはない飲み物とは、当時は認識していなかった。冷静に考えると、“ミックスジュース”というアバウトな呼び名は、いかにも大阪的ないい加減さである。
なお、後年知るのだが、心斎橋の「プランタン」は、広島の世界平和記念聖堂や、私にとっては特別の日本興業銀行本店などを手がけた、村野藤吾の作品。数年前、大阪歴史博物館では、「村野藤吾と心斎橋プランタン」という展示も実施されたらしい。(ネット上でもいくつか記事がアップされている)
大阪に限らず、かつては個性的な喫茶店が街にあった。次回は、ミックスジュースの名店の話