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夏の噺(その2)〜「船弁慶」と先代桂文枝の想い出

「夏の噺」と題して、落語「船徳」を紹介しました。毎日書く上において、ネタ探しは大変なので、四季折々にちなんだ落語の演目について書こうと思い2021年にスタートさせ、“秋“と“冬“を2回づつ書いたのですが、後が続きませんでした。
“秋の噺 その1 その2“、“冬の噺 その1 その2

この1ヶ月、何がきっかけか、この「夏の噺」をご覧頂いているかたが増えました。見てくれている方がいるのに、(その1)で終わっているのはどうかと思っていたところ、「船弁慶」というネタを思い出しました。

当代の桂文枝といえば、前名三枝の六代目ですが、私にとっての文枝はその師匠、五代目桂文枝です。桂小文枝の時代から、上方落語四天王の一人として活躍されました。上方独特の色気があり、 演じる女性は絶品でした。

2005年に他界されますが、晩年の高座を観ることもできました。春風亭小朝がプロデュースした、「東西落語研鑽会」、口演したのは十八番の「たちきれ線香」でした。若旦那と芸者・小糸のラブストーリー、絶品でした。

東京での独演会もありました。一席目は「時そば」の上方版「時うどん」。名人が演じると、こんなに面白いのかと思いました。爆笑の連続です。

そして後半で演じたのが、これも十八番「船弁慶」だったのです。

暑い大阪の夏、長屋の喜六のもとに、友達の清八がやってきます。たまには、仲間で舟遊びをしようと誘いに来たのです。念のためですが、東京の落語の“八っあん、熊さん“は、上方では“喜六・清八“です。

そんな時に、折悪く帰宅するのが、喜六のおかみさん、“雀のお松“です。この“お松“は、数ある落語の中でも、最も強烈なキャラクターの一人だと思いますが、“雀“の由来の通り、帰るなりしゃべりまくります。これが、夏の市井を見事に表現するのです。

そしてお松は、「こんなおばちゃん、大阪にはおったなぁ」という女性なのです。お松さんには、もう一つの異名があり、それは“雷のお松“です。雷が鳴り響くように、怒りを発散するのです。こんな恐妻の目を盗んで、喜六は船遊びに出ることができるのでしょうか。

妻に怯える喜六とお松、それに絡む清八のコントラストが、桂文枝の手にかかると見事です。さすが、四天王です。上方落語独特の「はめもの」、三味線など下座さんによる音の演出も加わり、夏の大川の賑わいが再現されます。

「船弁慶」は能の演目で、歌舞伎にもなりました。壇ノ浦で果てた、平知盛の亡霊と弁慶が対峙するドラマです。これが、落語のクライマックスにもつながるのです。

私の持っている「栄光の上方落語」に収録されている、桂文枝「船弁慶」は1963年と若き日の記録です。ビクター落語のCDは1991年のもの、Audibleには1980年の音源が収録されています。

なお、桂枝雀も「船弁慶」を持ちネタにしていますが、小佐田定雄「枝雀らくごの舞台裏」によると、桂文枝の十八番ネタを、<若いころに教えを受け得意にして演じていた>とのことです。枝雀さんの「船弁慶」も素晴らしいのですが、私にとっては先代文枝の思い出です

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