スコット・フィツジェラルドと村上春樹(その1)〜「マイ・ロスト・シティー」(前編)
また、とんでもない事を思いついてしまった。
先日、村上春樹が翻訳した、スコット・フィッツジェラルド「最後の大君」が発売され、私も早速に購入した。フィッツジェラルドの未完の遺作である。ちなみに、装画は和田誠。村上作品を和田さんが彩るのもこれが最後だろうか。
この本を手にし、ふと思った。フィッツジェラルドの作品、「グレート・ギャツビー」や村上翻訳の短編いくつかは読んでいる。荒地出版社の「フィッツジェラルド作品集」や「夜はやさし」の文庫本も本棚に並んでいる。
ただし、全てを通読しているわけではない。「最後の大君」を読む前に、せめて村上訳については未読のものも含め、再度読もうと考えた。そして、折角だから原文と村上訳の両方を読んでみようと。
Amazonでは、フィッツジェラルドの全作品を収録した電子書籍が数種類、格安で販売されている。私はその中の一つ、“The Complete Works of F. Scott Fitzgerald”を入手した。(著作権が消滅しているのだろう。英文のWikipedia経由で、多くの作品は無料で読める)
そして、本棚から「マイ・ロスト・シティー」を取り出した。昭和56年5月発刊、村上春樹32歳の頃の初翻訳書である。発売直後に買ったと思っていたが、手元の本の奥付には“昭和56年5月20日初版 昭和58年5月20日7版”とあった。大学時代の優先順位でこうなったのだろう。
この本にはフィッツジェラルドの簡単な足跡を含む、村上のエッセイ。そして、村上が訳した、フィッツジェラルドの5篇の短編小説と表題のエッセイが収められている。
最初の2篇、「残り火」と「氷の宮殿」は<1920年というデビューの年に書かれた短編である。どちらの作品も明らかにゼルダの存在にインスパイアされたもの>(本書所収、村上春樹の“フィッツジェラルド体験”より)である。ゼルダは新婚間もないフィッツジェラルドの妻である。
最初に原文にあたったが、どちらも読みやすく、私の好きな小説だった。特に「氷の宮殿」は、村上が書く通り、南部出身で結婚後アメリカ北部で生活することになる、ゼルダと重ね合わせられる主人公が登場する。後半の流れは、ちょっとした緊迫感もあり、素晴らしい出来だと思う。
村上訳は、若き日の彼のみずみずしさが感じられ、原文のイメージとピッタリ合っている。英文では完全に理解できなかった箇所も、この訳で補われた。
そして、次の作品「哀しみの孔雀」の原文を読み、村上訳を読んだところ、ちょっとした驚きがあった。
それについては、本項の後編で