宮本輝「流転の海」シリーズを読む〜足掛け37年のライフワーク
宮本輝の小説「流転の海」、全9冊からなる大長編は36年の月日を経て、2018年完成した。
私は、1984年に刊行された最初の1冊は単行本で読んだ。 多分、1992年に出版された新潮社版だと思う。そして、続いて出た2巻「地の星 流転の海第二部」も単行本で読んだ。面白く、宮本輝の代表作となるであろう期待を感じた。
しかし、3冊目「血脈の火」が刊行されたのは、4年後の1996年。私はイギリスに引っ越し、「流転の海」のフォローは滞ってしまった。それでも、気にはなっていたので、その動向は気にしていた。
そして、2018年遂に完結したことを知り、そろそろと私の方も始動した。“そろそろと”と書いたのは、2019年再度第一部から読み始め、結局全巻読了するまでに2年越しとなったからだ。先が読みたくなる小説であるが、エンターテイメントではなく、各巻が小説として完成している。それが故に、少し間を置きながら読みたくなる。それでも、最後の3−4冊は一気に読みきった。
「流転の海」は、愛媛の南宇和出身の松坂熊吾とその家族の物語である。物語は、熊吾50歳の頃、戦後の大阪から始まるが、その年に初めての子供として、妻・房江との間に生まれるのが伸仁である。昭和22年のことである。それ以前の熊吾や房江の生き様も、物語の中で垣間見ることができ、総体的に見ると熊吾の一代記となる。
「流転の海」は、宮本輝の“自伝的大河小説”と称される。宮本輝の生年は昭和22年、松坂家は関西を中心として、愛媛や富山に移り住むが、宮本輝公式サイトにある著者の人生は、伸仁のそれとぴったり重なる。
「流転の海」の素晴らしいのは、こうした“自伝的”組み立てを取りながらも、極めて大きな世界を描いているところである。松坂家を中心としながらも、共に人生を歩む、あるいは通り過ぎていく、おびただしい数の人々が登場する。
その一人一人が、松坂家の世界を形成しており、さらに言うと戦後の日本の一部となっている。松坂熊吾を筆頭に、歴史には決して登場しない、市井のちっぽけな人間ばかりである。それでも、その一つ一つの命に意味があり、一人でも欠けると世界は違ったものになったであろうと感じさせる。
そして、背景に流れるの戦後から高度成長時代の日本の風景・風俗が生き生きと描写されている。その中心地が大阪であることも、私にはありがたかった。
最終巻のあとがきで、宮本輝は、<足掛け三十七年>、<七千枚近い原稿用紙を使って、なにを書きたかったのかと問われたら、『ひとりひとりの無名の人間のなかの壮大な生老病死の劇』と答えるしかない>と書いている。
その為に、宮本輝は人生・経験・想像力、小説家としての全てを駆使したと思う。
最近、地元の図書館に行った時、老婦人が買い物カートからハードカバーの単行本数冊を出し、返却していた。ふと見ると、「流転の海」シリーズだった。なんだか良い光景を見たような気がした
なお、この長大な物語を読む為に、堀井憲一郎は「流転の海 読本」というものを出している。堀井氏ならではの、マニアックなガイドブックである。私も、「これ誰だっけ?」と思った時、参照していた。関西に土地勘のない方のためには、舞台となる場所の地図も掲載されている。ご参考までに紹介しておく
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