ローリング・ストーンズ伝説のライブが正式リリース〜「ライブ・アット・エル・モカンボ」(その3)
(承前)
1977年2月24日、キース・リチャーズは精神不安定なパートナー、アニタと共にロンドンを立ち、バンドが待つカナダ・トロントにようやく向かうことになる。エル・モカンボでのシークレット・ライブは10日後、リハーサルを考えるとギリギリのタイミングである。
しかし、空港でアニタのポケットからヘロインが見つかり、彼女は逮捕される。カナダの警察は、当然キースをマークしており、ウエイターに変装した警察官がキースのホテルの部屋に押し入り、大量のヘロインを発見する。ヘロインの量、イギリスから輸送されたことから、麻薬密売の嫌疑がかけられる。カナダでは、自動的に刑務所送りである。
キースは何とか保釈されるが、パスポートは没収され、容疑の確定を待つばかり。そのような状況で開演したのが、3月4日・5日のエル・モカンボでのシークレット・ライブである。
前置きが随分長くなってしまったが、「ライブ・アット・エル・モカンボ」、よくぞ出してくれました。大箱での演奏では味わえない、ローリング・ストーンズの原点とも言うべきライブ感、グルーブが満載の素晴らしいライブである。
キースの状況は前述の通りだが、そんなことは微塵も感じさせない、ストーンズが本当に楽しんで演奏している空気が伝わってくる。拍手の音、ミックのMC、観客との距離の近さがヴィヴィッドに感じられる。
選曲で嬉しいのは、「ラブ・ユー・ライブ」には入らなかった、アルバム「ブラック・アンド・ブルー」からの新曲の数々。前8曲中、5曲が演奏されている。“愚か者の涙“でミック・ジャガーが<♫ Fool, Daddy, you're a fool to cry>と歌う。次男を亡くし、長男長女はイギリスに残し、事態の進展によっては刑務所に入り子供との生活からは遠く離れる可能性があるキース・リチャーズ。どのような気持ちでこの曲を演奏し、ミックは何を思いながら歌ったのだろう。
そして、このライブの根幹は、ロックンロール/ブルースのカバー・ナンバー。元々、ローリング・ストーンズは、カバーバンドであり、ファースト・アルバム「The Rolling Stones」は、“Tell Me“を除き、全てカバー曲である。
彼らは、大好きなチャック・ベリーやマディー・ウォータースを客前で演奏するのが大好きで、極端に言えばそれだけで満足だったと思う。しかし、バンドは巨大化し、コンサートは大規模のショーとなっていく中、本当に好きなことを演ったものが、このエル・モカンボのライブなのである。
なお、「ラブ・ユー・ライブ」に収録されている楽曲は相当なオーバーダブが施されていたようで、本バージョンでは、オリジナルに即したものになっている。
もちろん、代表曲も散りばめられ、素晴らしいセットリストになっている。是非、この歴史的な、そして本当のストーンズが記録された音源を聴いてほしい。そして、その深い奥底には、キース・リチャーズの苦悩があるかもしれない。
伝説の2日間が終了し、カナダから出国できないキースを残し、バンドはトロントを去る。19ヶ月に渡る審理の末、キースは収監を免れる。そして、その間に麻薬中毒から解放されるべく治療を施し、ドラッグと手を切ることに成功する。
「LIFE」には、ミック・ジャガーへの謝意が記されている。(トロントの事件のみならず)<実際、俺が失敗する度に、ミックは文句も言わず、とてつもない優しさを持って俺の面倒を見てくれた>、<ミックは兄弟のように俺の面倒を見てくれたんだ>。
エル・モカンボのライブがなければ、ローリング・ストーンズが今まで続くことは無かったのかもしれない。無論、軽快なドラムを聴かせてくれるチャーリー・ワッツ(ミックは、「チャーリーはジャズドラマー。これは金のためにやってる」と紹介している)、“イカした“ピアノ/キーボードを鳴らしているビリー・プレストン(“Melody“はその白眉!)がこの世にいないのは残念だが