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1986年ワールドシリーズ第6戦〜歴史に残る試合

昨日(10/4)、元巨人のデービー・ジョンソンに絡め、彼がメッツの監督時代、1986年のワールド・シリーズを“歴史に残る“と称した。今日は、そのことを記したい。

1986年のワールド・シリーズは、ニューヨーク・メッツとボストン・レッドソックの対決となった。

メッツがシリーズを制覇したのは1969年、“ミラクル・メッツ“と言われた年のみ。その後、 1973年にシリーズ進出を果たすが敗退、1977年以降は負け越し、地区6チーム中、5位か最下位という状態だった。 しかし、1984年のジョンソン監督就任とともに盛り返し、その年と85年は地区2位、そして1986年108勝54敗という、その後も含めたチーム史上最高勝率で地区優勝し、ワールド・シリーズ進出を果たす。

対するレッドソックスは、5回のシリーズ制覇を誇っていたが、その最後は1918年。ベーブ・ルースが二刀流で活躍していた時代である。チームは1919年シーズンの後、ベーブ・ルースを宿敵ヤンキースに放出、その後、3度リーグ制覇するが、ワールド・シリーズでは敗退、いわゆる“バンビーノの呪い“である。

このような背景の下、始まったシリーズは、レッドソックスがメッツ本拠地、シェイ・スタジアムでの1・2戦に勝利。メッツはフェンウェイ・パークで連勝するも、第5戦はレッドソックスが勝ち王手をかけられる。レッドソックス3勝、メッツ2勝でニューヨークに戻っての第6戦、これが歴史的な試合となる。

レッドソックスが先行するも、メッツが追いつき、7回再度レッドソックスが勝ちこすも8回裏に追いつかれ、3−3で延長に入る。10回の表、レッドソックスはホームランなどで2点を挙げ5−3とし、勝利に大きく前進する。

そして、運命の10回裏。ランナー1・3塁ながら2死、レッドソックスはすでに祝賀会の準備を始めている。バッターはムーキー・ウィルソン。この後は、是非↓の動画、名アナウンサー、ヴィン・スカリーの実況と共に見て欲しいが、結末を書いておく。

ウィルソンは、日本語で表現すると、まさに球に食らいつくバッティングで粘る。そして、スタンレー投手の投げたボールは、キャッチーの構えたところから大きく内角にそれ後逸、3塁ランナーがかえり同点となる。

引き続き、ウィルソンの打席が続くが、ようやくインフィールドに打ち返した打球は、一塁へのゴロ。誰もが、同点延長が続くと思った瞬間(画像を見ると、2塁ランナーのナイトは打った瞬間全力疾走すべきなのに動きが一旦止まっている)、レッドソックスの一塁手ビル・バックナーの股の間をボールが無情にもすり抜けていく。

この場面、アナウンサーのヴィン・スカリーは、放送事故かと思うほど長い間、無言を続けている。そして放った言葉が、"If one picture is worth a thousand words, you have seen about a million words, but more than that, you have seen an absolutely bizarre finish to Game 6 of the 1986 World Series."

“もし「一枚の絵が千の言葉に値する」とすれば、あなた方は百万の言葉を“見ている“。しかしそれ以上に、1986年ワールドシリーズ第6戦の、とてつもなく奇想天外な結末を目撃している“

続く第7戦、メッツは初回に3点の先行を許すも逆転勝利を収め、2度目のシリーズ制覇を果たす。メッツはその後シリーズ制覇はなし。レッドソックスの“バンビーノの呪い”が解けるのは18年後の2004年である。

なお、第6戦はMLB Networkが選ぶ、“MLB's 20 Greatest Games“の3位に選ばれている(スタジオには、ウィルソンとさよならエラーをしたバックナーが来ている)


献立日記(2021/10/4)
おでん〜第二夜


*ヴィン・スカリー実況による、ムーキー・ウィルソンの打席


*試合後半のハイライト


*優勝パレード


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