掌編小説【小屋を焼く】
四百字詰原稿用紙約7枚
一方は「山羊」、もう一方は「羊」と書くこともあって、ヤギとヒツジは近い関係なのかもしれないと思っていた。しかしそうではないらしい。
生物学的にもヤギはヤギ属でありヒツジはヒツジ属だ。ヒト属ヒトとチンパンジー属チンパンジーと同じほど違う。
ヤギには長い逆三角形型の顔と2本の角とあご髭がある。ヒツジにはそれらの代わりにフカフカの毛がある。乳を提供してくれるのはヤギのほうだ。
悪魔バフォメットはヤギの頭の姿で現れる。これに対してヒツジは善良さの象徴のように扱われる。
共通点もある。ヤギもヒツジも瞳の形が四角い横長なのだ。肉食獣の接近をいち早く感知するためらしいけれども、この目を不気味がる人と可愛いという人に分かれる。
しかし私は羊が怖い。
夜、ベッドに入ると脳裏にヒツジを浮かべる人がいるかもしれない。睡眠への案内役だ。順番に1頭ずつ牧柵を超えてくる。
しかしまかり間違ってそんな場面を空想しようものなら、私は絶対に眠れない。
外食チェーンに勤めていた私はある日社長室長に呼び出され、その日のうち、しかもとうに夜半を過ぎた時間に会社が経営する農場に連れて行かれた。
「あの羊小屋を始末しなきゃならないんだ。手伝ってほしい」
室長の秋山は有無をいわさぬ口調でそういうと2時間ほどのドライブののち、トランクから液体がいっぱいに入ったポリタンクを降ろしていった。温かな風が吹く夏の夜で、空には遠く星々が揺らめいている。
私と秋山はポリタンクをそれぞれ両手に1つづつ下げ、ヨロヨロと柔らかな草の茂みを小屋に近づいていった。華奢な秋山は何度も足を取られそうになっては立ち止まった。夜露がズボンの裾を黒く濡らす。2人とも汗だくになった。
小屋は木造で学校の教室2つ分ほどの大きさがあり、傍に寄ると中に明らかに獣の気配がする。
秋山が重い荷物を下げて力の萎えた両手を使って観音開きの扉を開ける。闇に光るいくつもの点が一斉にこちらを見る。凍りついたような羊たちの目だった。白くそのままの位置で動きも瞬きもしない。その異様さに立ち竦んだ。
似た話を聞いたことがあった。
終戦の間際、特攻隊がいよいよ出撃するという日の前夜、宿舎になっている粗末な小屋を見回りにいくと、就寝の時間がきて別れるまでは冗談をいい合うほど快活だった、まだ少年の面影を残す特攻兵たちが月の光が差し込む床に車座に座り、ひとことも発せず、ただ目だけをギラギラさせていたというのだ。
その鮮烈なイメージに、生贄の羊という言葉が浮かんで慄然とした。
羊たちは小屋の中で、さらに背の高い鉄製の囲いに入れられていた。経営するレストランで羊肉を使ったメニューを出す計画はまだ具体的ではなかったものの、その生産の研究のために飼われていた羊たちだった。
食の安全を守るために食材の生産の段階から責任をもつ、というのがその外食チェーンの社長の主張だった。文句のつけようのないしごく真っ当な考え方だが、その結果、背負わなければならないリスクは莫大に増えた。
秋山は食いしばった口元から時折押し殺した唸り声をあげる。これまでに見せたことのない、まるで別人のような険しい顔つきで、いきなり小屋の床にポリタンクの中身をぶちまけはじめる。
ガソリンの匂いが鼻をつき、小屋中に充ちた。異変を感じた羊たちが一斉に丸い体を寄せ合って足踏みをする。
私も無言のままで秋山に続いた。ここまできて躊躇はできなかった。
その直前に牛を1頭農場の裏山に埋めたという話もあり、噂に聞いていたことは本当だったのだな、と漠然と事態を察した。そしてこれもまた社長には知らされていないことなのだろうと思った。会社を守るために。
秋山は羊たちの体にも直接ガソリンを注ぎかけたが私にはそれはできなかった。秋山はわずかなあいだにひどく老け込んだ顔つきになっていた。
ポリタンク4つをすべて空にし、外に出て扉を閉め、火をつけた雑誌を窓から投げ入れると、爆発的に火の手が上がった。羊たちの悲鳴と激しく暴れる音が響いた。
「帰ろう」
秋山が踵を返して促したが、二人ともすぐに足を取られた。草は夜露に濡れている。何度も手をつき、四つん這いになりながら、まさに這うようにして緩やかな勾配の上の車まで戻った。
「星の綺麗な夜だこと」
車を走らせしばらくして、突然、秋山がヘラヘラと笑った。後ろを見ると闇にかすかな炎のオレンジ色が滲んでいる。ようやく車の窓を開けた。
「まとめて焼き殺せば保健所への届け出も1回で済むってわけさ」
あの夜のことはそれから一度も話したことがない。いやそれ以外でもまったく言葉を交わさないまま、秋山はその翌年の春、社内で首を吊って死んだ。
あの夜、私が秋山に同行していたことが誰にも知られさえしなければ、たぶん真相は藪の中に消える。
羊小屋の一件は地方紙のニュースにさえならなかった。だから秋山があのことを苦にして、あるいは秘密を守るために死んだとはいいきれない。当時、約300名の社員がいたあの会社では、まるで約束のように毎年3名の自殺者を出していたのだ。
そういう、血腥いような時代だった。だから私は羊という動物がやさしや癒しの象徴のようにもてはやされている日常から遠く離れて生きてきたのだ。
秋山はなぜ死んだのだろう。社内で首を吊ったのだから、会社への恨みがあったのは確かだ。
社員自殺の一報が入ったとき、真っ先に駆けつけて哀悼の意を表しつつ、自殺の動機に会社に不都合なものがないかそれとなく探りを入れるのも秋山の役目だった。
社長も死んだ。食の安全・安心の旗手として健康でなければならなかったから社員には厳重に伏せられていたけれども、脳梗塞で倒れて2年余りの闘病ののち、羊小屋を燃やしてからは6年目の死だった。
社長には、死んでも譲れない自分の掟をもて、と教えられた。
しかし、ああ、しっぺ返しがきたのだ。
社長が死んですぐに私は会社を辞めた。創業社長という強力なリーダーシップが失われては、もうどうしてもその会社で働き続ける意味はなかった。食の安心・安全のために戦おうとする者はすでにおらず、仲間内では自分の定年満了まで会社が潰れさえしなければそれでいい、と公言する者さえ出るようになっていた。
社長が、私たちがつくろうとした会社は驚くほど素早く理想への道から逸脱した。それはきっとこの社会の歩みにも似ていたのではないか。
いまでも眠れない夜に、いつか枕元に光る目をした少年たちが現れるのではないかと怯える。私の顔を覗き込むその目には横長な四角い瞳がある。
(了)
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