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ICU⑩|1秒


管の交換は、私たちがICUを退出してから準備を始めるということで、処置開始は大体そこから “約1時間後くらい” になると説明されていた。

私たちがICUを出たのは、15時過ぎ。
予定通りであれば、まもなく処置が始まるというところであった。

また、今回は特に終了の連絡などは受けることになっておらず、結果報告も明日の面会時にしてもらう予定だったため、今はただ祈るしかない。


息子を信じているし、普段通り生活すればいい。

だが、この日はどうも “胸騒ぎ” がして落ち着かない…


少しして、大相撲中継をつけるも、取組内容が全く頭に入ってこない。

まさに “心ここにあらず” であった。


正直、ここから1-2時間の記憶は曖昧である。

ほとんど同じ場所から動かず、悶々と佇んでいたような気がする。

おそらく、あらゆる思考を巡らせながら、ただただ待ち続けたのであろう。


そして、なぜこんなにも “胸騒ぎ” がしていたのか、今でもわからない。

息子からの何かしらのメッセージだったのか
この後起こることの「予兆」を感じ取っていたのか…

後から考えれば、こう捉えることも出来なくはないが、本当にこの時は何も腑に落ちなかった。


(何でこんなに “胸騒ぎ” がするんだろう)
(何が引っかかるんだろう)

と、ただただ悶々とする…

不安がそれ以上大きくなるというのはなかったが、何かこう “嫌な感じ” が、ずっと私につき纏っているようだった。


これまでであれば、「意志」で拭ってこれたはずの不安。
それがこの時は、どうにもこうにも拭えない...  私にとっても未知の感覚であった。


しかしながら、そんな中でも時間は過ぎていき、時刻は「17時30分」を迎えた。


(2時間以上経ったか…)

ICUを出てから2時間以上が経過。
遅くとも「16時30分頃」には処置が開始されていることを考えると、処置からも “約1時間” が経過したことになる。


今のところ、特に病院からの連絡もない。


(この時間になって、何も連絡がないってことは、無事に終わったんだろうな…)

と、少しばかり緊張の糸が解け始めた。


(18時になったら、家族にも報告しよう)

と、大相撲の残りの取組を見終わってから、LINEの文章を作ることを決め、リビングでリラックスする私。


この日の大相撲中継も、残すところ役力士のみ。
ちょうど、最近推しの “平戸海” の取組に入るところだっただろうか。

仕切り中はスマホを手に取り、目的も無くただいじっていたが、行司の軍配が返り、スマホの画面はつけたままで一旦テーブルに置いた。


私のスマホの自動ロックは「1分」であり、1分間は画面がついたままだ。


そして、まだ画面がついている最中に、

(そういえば、電話がくると一瞬だけ左上に「📞」が出るんだよな...)

と、これまで幾度となく “病院からの着信” を待つ機会があり、いつだかに覚えたことを、ふと思い出す。
(私の「iPhone11」では、操作中に着信がくると、時刻表示が「📞」に変わり、その後に “着信相手のバナー” が表示される。)


しかし、それからほんの数秒であった。

「'''📞'''」

と一瞬、左上に表示されたのである...


(!!!)

私は、目が飛び出るほど驚いた。
たった今思い出したことが実際起こったのだ。


しかし、そんな驚きの感情は一瞬で消え去り、一気に “不安” の感情が押し寄せる。

「📞」の表示から、バナー表示まで「1秒」もないはずだが、その僅かな時間の中で無数の思考が巡る。

(電話...)
(なんかあったのか…)
(やっぱり “嫌な予感” は当たってたのか…)

バナーが表示される前にも関わらず、なんとなくこれまでの “胸騒ぎ” に合点がいってしまったというか、この事象を引き寄せてしまった感すらあり、後悔の念に苛まれる。


だが、この一瞬の中で、望むのはただひとつ。

(“病院以外” であってくれ...)
(頼む…)

“病院からの緊急連絡” ではないことを、切に祈りながら画面を凝視する私。
バナー表示までのこの「1秒」は、本当に時が止まったような感覚であった。



そして、バナーが表示される…



「◯◯大学病院…」



無情にも、“最も望まない相手” からの着信であった。



つづく


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