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旅立ち⑧|呻く宵
皆が帰宅し、一息つく私たち。
時刻は18時を回っていた。
昨夜からほぼ寝ていないのもあるが、心も身体も疲弊し切っていた。
よくこの状態で終日動いていたと今更ながらに思う。
だが、火葬は明日の午前…
もう一度スイッチを入れ直し、「最期のつとめ」を果たすべく、準備を進めていく。
息子の身体は、“腐敗臭” こそしないものの、体液は依然として出続けていた。
両家の親から貰った白黒の洋服も、ほぼ完全に黄色に変色し、もはや “虎柄” に… 着替えも考えたが、すでに皮膚に貼り付いており、やむなく断念した。
また、顔の乾燥も激しかったため、クリームを塗ることに。
結果的にこれが “死に化粧” のようなものになった。
そして、綺麗になった息子を一旦棺へ移してみたが、高さがあったため底上げをすることに。
息子のためにする、最初で最後の “工作” だ。
(俺… 息子の棺作ってるよ…)
と、何とも言えない気持ちであったが、心を込めて強度もしっかりある土台を作り上げた。
しかしながら、準備を進めていく中で、私は思った。
(早く “火葬” したい…)
“変わり果てた息子の姿を見るのが苦しい” ということもある。
だが、エンゼルケアの時から、“肉体に息子の魂はない” と感じていた分、“1秒でも早く楽にしてあげたい” という思いが、時間と共に大きくなっていった。
だが、それに対して妻は少し違った。
“1秒でも長く一緒にいたい…”
という思いの方が強かったようだ。
これは、「母親」ゆえなのだろう。
「母と父」、「女性と男性」といった感覚の違いが顕著に表れた気がする。
ただ、どちらも我が子を想う気持ちは同じ…
悔いなく、息子を “幸せな気持ち” で送り出したかった。
そして、私たちは「手紙」を書いた。
向こうの世界への道中、息子に読んでもらうために…
親としての “想い” を、全て綴った。
ようやく準備が終わったのは、夜も更け始めた頃。
そして、3人で静かに “最期の夜” を過ごす…
全身の体液が酷く、この日は “川の字” で寝ることを断念したため、デスクの上に横たわる息子。
お看取り直後より、幾ばくか顔色が良くなったような気がする。
そんな息子に、私たちは静かに話しかける…
「凰理、明日いよいよ火葬だね」
「家族もみんな来てくれるからね^^」
「いいんだよ生き返っても^^」
「生き返るなら今だぞ!(笑)」
また、元気で家に帰ったら遊ばせる予定だった我が家の “ぬいぐるみ” たちとも、最期に触れ合う時間を作った。
「おうり、がんばったね」
「おうり、またあおうね」
「おうり、またこんどあそぼうね」
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息子に想いを馳せながら、幸せな時を過ごす私たち…
全てが、“死にたくなるほど苦しい” 瞬間だった。
しかしながら、最期には “火葬” が待っている…
幼少期の頃から、身内の死を何度か経験しているが、一番辛かったのは “火葬場に入る瞬間” だ。
私たちがそれに耐えられるのだろうか…
そして、親としての「最期のつとめ」だからこそ、ここまで何とか律してきた私たちだが、全てが果たされた時...
“人としての心” を失わずにいられるのだろうか…
と、そんな不安もよぎる。
だが、やはり “最期の夜” … 寂しい気持ちが次第に強くなる。
そして、私も妻も涙が止まらなくなっていた…
「よく頑張ったな本当に…」
「凄い人生だよ…」
「凰理、幸せだったか…?」
「使命を全う出来たのか…?」
「旅立つ決断をさせてごめんな…」
「導けなくてごめんな…」
「凰理の成長をずっと見ていたかった…」
「家族で幸せに過ごしたかった…」
「でも、幸せなひとときだったよ…」
「お父さんとお母さんを選んでくれてありがとう」
「生まれてきてくれてありがとう」
「親にしてくれてありがとう」
「奇跡を見せてくれてありがとう…」
「愛してるよ…」
「凰理…」
息子の亡骸を抱きしめながら、想いの全てを夫婦で声に出す… 本当に「魂の叫び」であった。
そして、眠りに着こうとするも、夫婦揃ってなかなか寝付けない。
ろくに睡眠が取れぬまま、朝を迎えることとなった…