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麻生羽呂『今際の国のアリス』

 デスゲームを描いた非常に残酷な作品。

 しかし、「生きて」というメッセージをくれる漫画でもあります。

 だから、わたしはこの漫画がとても好き。

 何度も読み返しています。



 ※注
 以下の文には、この漫画の結末を明かすネタバレを含みます。
 未読の方はご注意ください。



 あるところに…。

  「今際(いまわ)の国」と呼ばれる奇妙な世界があります。

 今際の国は現代日本の東京に近い街の構造をしています。

 しかし、街の様子はまるっきり違います。

 人間以外の動物はよく見かけますが、本来うんざりするほど大勢居るはずの人間はごくわずか。

 主人公・有栖良平(ありす りょうへい。通称アリス)とその仲間たちは、自分たちの意思とは関係なく、突然今際の国に連れて来られてしまいました。

 「国」ですから、国民以外の者がこの国に滞在し続けるためには、ビザが必要です。

 今際の国の「びざ」を取得するためには、あるルールがあります。

 それは、「げぇむ」と呼ばれる残酷極まりない試練をクリアし続けること。

 げぇむの特徴は、トランプのマークによって表されます。




 ●はあと…「生きたい」と願う人の心を巧みに利用し、弄び、壊す心理型。

 ●だいや…知能型。頭脳、知識が有利に働く。

 ●すぺえど…肉体型。体力、体格、体術がモノを言う。

 ●くらぶ…ダイヤとスペードの中間。仲間と協力し合うことが大切。



 トランプの数字はげぇむの難易度を表しています。

 たとえば「はあとの5」なら、心理型の難易度5ということ。

 どのマークのげぇむもとても危険。

 「ぷれいやぁ」の死亡率は極めて高いです。

 あるげぇむでは一億本の火矢が降り注ぎます。

 また、あるげぇむでは銃を多数所持している殺人鬼と鬼ごっこをしなければなりません。

 また、またあるげぇむではランダムな車両に猛毒ガスが仕掛けられた電車内をごくわずかな酸素ボンベを使って進まなければなりません。

 こんな無理ゲーばかりですから、ぷれいやぁが「げぇむおおばぁ(=死)」になることも珍しくありません。

 もし、参加中のげぇむを放棄して、げぇむ会場から逃げようとしても死にます。

 では、げぇむに最初から参加せず、びざの有効期限が切れるとどうなるのでしょうか?

 その時は、空からレーザーが容赦なく降り注いでぷれいやぁの頭を貫くので、やっぱり死にます。

 アリスたちが今際の国で生き続けるためには、げぇむに参加し、勝利して、びざを手に入れなければなりません…。

 けれど、一度に貰えるびざの期限はせいぜい数日分程度。

 たとえば難易度「3」のげぇむに勝利すれば、今際の際に3日間滞在出来るびざが貰えますが、たったそれだけ。

 かといって、難易度の高いげぇむに挑戦すれば、げぇむ中に死ぬ確率も跳ね上がってしまいます。

 アリスは何度も何度も何度もげぇむに挑戦して死の恐怖と戦いました。

 その中で仲間を失いながらも、今際の国とは一体何なのか、なぜ自分たちがここに連れて来られたのか、どうやったら元の世界に帰れるのか、その謎を解き明かそうともがき苦しみます。


 そして、はぁとの10のげぇむ「まじょがり」の最中。

 アリスがいよいよ己の死を覚悟した時。

 アリスの前に、げぇむおおばぁになった仲間たちの幻が現れます。

 それを見て、アリスは自分を責めました。

 仲間たちがげぇむおおばぁになったのは自分のせいだ、と。

こんなオレが…オレだけが…生きてて…本当に申し訳ねえ…。…けどさぁ、それでもオレ…頑張ったんだぜ…? 皆の仇をとらなきゃって、なんの取り柄もねぇオレなんかがけっこう無理して、ずっと頑張ってたんだぜ…? けど、もう…さすがに駄目だァ…。本当はあの日から、一歩も前に進めちゃいなかったんだ…。オマエらの死を受け入れられるはずなかったんだ…。オマエらの死を乗り越えられるはずなかったんだ…。あの日から、オレの心はずっと壊れたままだ…!! オマエらがいなくて、寂しいよォ…。オマエらと一緒にいてぇんだ…。…会いてぇ、オマエらに会いてぇよォ…

(著…麻生羽呂『今際の国のアリス』5巻から引用)


 と泣くアリス。

 仲間たちの幻がそんなアリスを置き去りにして消えようとするので、アリスは、

オレも一緒に連れて行ってくれ!! 一緒にいてぇんだ…。頼むから…オレをまた一人にしないでくれよ…。だから…今からでも一緒に…オレもそっちへ…

(著…麻生羽呂『今際の国のアリス』5巻から引用)


 と叫びます。

 しかし、仲間の幻は黙ったままで、アリスに背を向けています。

 泣き腫らしたアリスが、

…なぁ? …オレ達、ダチだよな…?

(著…麻生羽呂『今際の国のアリス』5巻から引用)


 と呼びかけると、仲間の幻はアリスの方をほんの少しだけ振り返り、こう言い遺して消えていきました。

あぁ。ダチに決まってんだろ。だから許さねぇ。オマエがそんなツラしたままでこっちに来るなんざ、オレは絶対許さねぇ。生きてて申し訳ねぇ? 寂しい? だからガキなんだよオマエは。離れてようが、別れてようが、たとえこの先二度と会えなかろうが、そんなことは関係ねぇんだ…。オマエが忘れねぇ限り、オレ達はずっと、オマエん中で生きてる…!!


 この言葉を聞いてから、アリスの思考は明確に変わりました。

 「生きていて申し訳ない」という生き残った者特有の罪悪感を乗り越え、「生きなければいけない」という使命感にも似た気持ちを確かなものにします。

 そうして懸命に生きるアリスには、どんどん新しい仲間たちが増えていきます。

 またその仲間たちもどんどんげぇむおおばぁになっていくけれど…。

 みんなの頑張りによって、ぷれいやぁ以外の存在もだんだん明らかになっていきます。

 げぇむを運営する「でぃいらあ」。

 でぃいらあが全滅した後、ぷれいやぁの前に立ちはだかる「今際の国の国民」。

 やがて、今際の国の正体。

 自分たちがここへ来た理由。

 元の世界へ帰る方法。

 そういったことも明らかになります。


 …真実は、まさに「今際の国」という名前そのものでした。

 東京に隕石が落下するという予想もつかない大災害に遭い、心肺停止状態となった人たちが辿り着いた、この世とあの世の境…。

 それこそが今際の国の正体。

 …そう。

 みんな、臨死体験をしていたのです。

 心肺停止状態に陥ってそのまま亡くなる人もいれば、蘇生したものの意識不明のまま眠り続ける人もいるし、運良く心身ともに回復していく人もいるものですが…。

 みんなが今際の国で挑戦してきたげぇむは、その生死を分かつものだったのかもしれません。

 そう考えると、心肺停止まではいかなくても、わたしたちは毎日「睡眠」という小さな死とも言える体験をしているわけですから、案外わたしたちもげぇむに挑んでいるのかもしれません。

 気づいていないだけで。

 わたしたちが夢として認識しているものは、ひょっとしたらげぇむ会場の様子なのかもしれません。

 これほど科学が発達している現代ですら、人間は夢を見るメカニズムは解明されていないのですから、あり得ないことではありませんよね?

 人間が定期的に睡眠を取らないと生きていけないのは、眠りの国のびざの有効期限が切れる前に眠りの国へ戻ってげぇむをしないといけないからかもしれません。

 時々、眠っているうちに突然死して、翌朝目が覚めない人がいますが、もしかしたらその人はげぇむおおばぁになってしまったのかもしれません…。

 …この漫画はそんな想像をも膨らませてくれる作品でもあり、何度読み返しても興味深いです。

 ラストで、「あなたはなぜ生きていると思いますか?」という問いを投げかけてくるのも、他のデスゲーム系の漫画とは一線を画していると思います。

 改めて考えてみると、現実の世界だって、常にあらゆる試練を課すものですよね。

 現実の世界も、辛いし苦しいし、日々仲間も死んでいくし、自分が今日一日を生き抜ける保証なんてどこにも無いわけです。

 それでもみんな懸命に生きています。

 また、災害、事故、事件などで生き残った人が、アリスのように生き残った罪悪感を抱えている場合もありますよね。

 「あなたはなぜ生きていると思いますか?」の問いに自分ならどう答えるのか…?

 まだこの漫画を読んでいない方には、是非その問いの答えについて考えながら読むことをおすすめします。

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