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深谷かほる『夜廻り猫 1 今宵もどこかで涙の匂い』

 不思議な猫・遠藤平蔵が主人公の漫画。

 遠藤は頭に猫缶を乗せ、「泣く子はいねが〜 泣いてる子はいねが〜」と呼びかけながら、二足歩行で夜の町を歩きつつ、辛い思いをしている人々のもとを訪ねます。

 遠藤は弱り切っている人間に「助け合って生きるのじゃ 元気になったらおまいさんからボールを投げなされ 誰かが必ず待っておる」と言い、頭の上の猫缶をくれることもあります。

 なんだかアンパンマンみたい…。

 遠藤はよく背中に傷を作っているのですが、この傷、実は誰かの辛い話を聞くと増えてしまうそう。

 他の猫から「なんでわざわざ嫌な話を聞いてやるんだ? 自分は傷つく 相手のつらさも消えない 意味ないじゃないか」と嫌味を言われても、遠藤は「そうだなあ」とその猫の言うことも否定せず受け入れます(第五十二話「凍えた時」参照)。

 なんという懐の深さ…!

 このコミックスの一巻目だけでも、素敵なエピソードが沢山載っています。

 第二十四話『五年間』では、病気を患う娘が看病している側の父を笑顔で「大丈夫だよ。大丈夫だからね」と励ましていてグッときますし、

 第六十四話『願い』では、遠藤がサンタさんに「子供 全員の所へ行ってやって欲しいのです なんとか一人残らず! なんとか取りこぼしのないように」とお願いすることにもグッときます。

 また、わたしの一巻目での一番のお気に入りは第十話『覚えておきます』。

 どんなエピソードかというと、

 まず、親に抱っこされながら泣いている赤ちゃんがいます。

 その様子を、家の前の掃除をしている女性が微笑みながら見守っているのです。

 やがてその子がやがて幼児となり、親と手を繋いで楽しげに歩いていくのを女性は見守っています。

 その子は幼児から小学生へ成長。

 ランドセルを背負って元気よく歩いていくのを、少し白髪が増えた印象の女性が見守っています。

 その子は小学生から中学生へ成長。

 思春期でむしゃくしゃしているのでしょうか、その子が缶を蹴っ飛ばすのを、だいぶ白髪も皺も増えた女性が見守ります。

 その子は中学生から高校生へ成長。

 垢抜けた姿になって歩いていくのを、だいぶ年老いてシルバーカーを押している女性が見守っています。

 その子は高校生からおそらく大学生か社会人へ成長。

 スーツを着て、ネクタイを締め、スーツケースを片手に出かける姿を、すっかりおばあちゃんになった女性はベッドの上から窓越しに見守っています…と言いたいところですが、ちょうど窓枠に隠れてしまい、女性の表情を読み取ることは難しいです。

 もしかしたらただぼぅっと窓の外を眺めているだけかもしれません。

 もしかしたら認知症を患って、その子のことを忘れてしまったのかもしれません。

 その子もきっと、女性がずっと自分の成長を見守っていてくれたなんて知らない。

 遠藤はベッドの上で目をつぶっている女性にこう声をかけます。

 「名前も知らないあの子にあなたは言ってた 「おはよう いってらっしゃい 元気でね」 二十三年間毎日 心の中で 私は覚えておきます たとえあなたが忘れても 私は覚えておきます」
(『夜廻り猫 1 今宵もどこかで涙の匂い』から引用)

 と。

 見守るのも愛。

 そして、誰かの代わりに、誰かの大切な思い出を覚えておいてくれるのもまた、愛。

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