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奥浩哉『いぬやしき』

 もし、神や悪魔の領域とも言える強い力を手に入れたら。

 あなたならどうしますか。

 犬屋敷さんのように、人を救うためにその力を使いますか?

 それとも、獅子神のように、人を殺めるためにその力を使いますか?



 ※注意
 以下の文は、結末までは明かしませんが、ネタバレを含みます。



 犬屋敷さんと獅子神は全く同じ場所で、同じ時間に、同じ者から、力を授かりました。

 それなのに、なぜこうも力の使い方が違うのでしょう?

 犬屋敷さんは人を救うことで「自分は生きている」と実感します。

 獅子神は人を殺めることで「自分は生きている」と実感します。

 この違いは何なのでしょうか。

 優しい犬屋敷さんにだって、人を傷つけることはあります。

 でもそれは、誰かを苦しめる人を制止するため。

 獅子神のように、獅子神の視界に入ってしまっただけの、名前すら知らない赤ん坊も含めた他人を大量虐殺するようなことは、犬屋敷さんは絶対にしません。

 犬屋敷さんは、自分の知らない人であっても誰かが死んだら悲しみます。

 けれど、獅子神は自分の友人や家族が死んだ時だけ悲しくて、それ以外の人が死んだのであれば何とも思いません。

 恐らくこの点が両者の決定的な違いなのではないでしょうか?

 獅子神にも同情の余地が全く無いわけではないけれど、殺される側はたまったものではありませんよね…。

 さて、犬屋敷さんの息子が、まさか父が人助けをしているヒーロー本人だとは気づかずに、

「ネットで言われてるよ。今実際に神と悪魔が闘ってるんだって」

(奥浩哉『いぬやしき』から引用)


 と話すシーンがあります。

 もしも神と悪魔が同じ力を持っているのだとしたら。

 神と悪魔を分かつものは何なのでしょうか?

 ひょっとしたら、人間にとって都合の良い力の使い方をしてくれるか否かで、呼び方が変わるのかもしれませんね…。

 なんだかとても考えさせられる漫画で、実はわたしも「この2人と同じ力が欲しい」と願いながらこの漫画を読みました。

 わたしなら、犬屋敷さんと同じように、その力を人を癒すために使いたいです。

 犬屋敷さんが患者の体に手を当てれば、まさに「手当て」という言葉に相応しく、どんな病気や怪我の人も治せるから。

 いいなぁ…。

 治す力があったら、もう誰かが病気や怪我で苦しむのも、その家族や友人たちが苦しむのも、見聞きしなくて済みますよね。

 歩けない人を歩けるように出来るし。

 意識の無い人を目覚めさせられることだって出来るかもしれません。

 ガン患者からそのガンを綺麗に取り除くことも出来るかも…。

 …けれど。

 常日頃から「人を助ける力が欲しい」と心の底から願っている人でも、もしもひとたびそんな特別な力を持ってしまったら、獅子神のように心がどんどん染まってしまうものなのでしょうか…?

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