Raphael『秋風の狂詩曲』
わたしがこの曲と出逢ったのは、2000年の秋。
初めてこの曲を聴いた時、わたしの心の中にこんな情景が浮かびました。
セピア色に染まった並木道のベンチに、ある日、ひとりの女性が腰掛けます。
彼女はバッグから一冊の詩集を取り出します。
たぶん、それはハイネの詩集。
彼女はここに通ううちに、何度も詩集を読んだので、実はもうすっかり内容を覚えてしまっています。
けれど、今日もまた、読書するふりをしてページを開きます。
そこには丁寧に折りたたんだ美しい便箋が挟まれています。
それは片想いの相手への恋文。
相手に届ける勇気もないのに、溢れ出しそうな想いを言葉にしたくて書き始めた、大切な恋文。
傍目からは彼女は詩集を読んでいるように見えます。
けれど、実はお手紙の続きを心の中で書いては消し、書いては消し、を繰り返しているのです。
そうしているうちに、その相手と初めて出逢った時間がやってきます。
彼女は「もしかしたらまた逢えるかも」と胸を高鳴らせて顔を上げるけれど、相手は今日もやって来ません。
ため息をつく彼女に、冷たい秋風が吹きつけてきます。
彼女は詩集をバッグにしまい、立ち上がります。
またここに来よう、と。
続きをまた考えよう、と。
…当時わたしはまだ子どもで、初恋すら知らなかったのに、そんな情景が心の中いっぱいに広がりました。
そしてこう思いました。
なんて素敵な曲なんだろう。
カップリングの『不滅花』も切なくて綺麗。
Raphaelと出逢えて良かった。
これからもずっとRaphaelの曲を聴きたいな。
アルバイトが出来る年齢になったら、お金を貯めて、ライブに行きたいし、ファンクラブにも入りたいな。
新曲が出たばかりだけど、次にまた新曲が出る日が楽しみだな。
華月くんは次にどんな曲を作るんだろう。
ファンレターを書いてみようかな。
と。
…わたしがそう思った時には既に華月くんがこの世を去っていたなんて、思いもよらなかったけれど。
あの後すぐわたしは新聞で華月くんの訃報を知ったのです。
あの衝撃を、わたしは生涯忘れないでしょう。
わたしがあの当時勝手に思い描いたヒロインはまだ書きかけの手紙を持ったまま。
わたしも華月くん宛の書きかけのファンレターを持ったまま。
その後、わたしは華月くんが愛読していた本や漫画を読んだり、時折都内に行ってはRaphaelがライブをした場所を巡る大人に成長しました。
どこかで華月くんとすれ違えるような気がして。
華月くんの年齢もすっかり追い越しました。
かつて華月くんが言っていたような「トトロの見える大人」にはなれませんでした。
けれど、『秋風の狂詩曲』を聴く度、わたしの心は2000年の秋に戻ります。
この曲を聴いた感動も、新聞の紙面を見て固まったのも、まるでたった今起きたばかりの出来事のようです。
音楽って不思議ですね。
まるでタイムマシンみたい。