はじめての法話研究会の感想
先日、「む、無理…」という記事を書きまして、しばらくnoteをお休みしておりました。
ゴールデンウイークに入り、だいぶ生活が落ち着いてきましたので、再開しようと思います。
今日は、4月23日に開催した「法話研究会」の感想を書きます。
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私は栃木県日蓮宗青年会(以下青年会)というものに所属しています。これは、栃木県に籍を置く日蓮宗僧侶のうち、40歳以下の人が入れる会です。会員同士集まって勉強会をしたり、イベントを企画したりします。
この青年会主催で、4月23日に、はじめての「法話研究会」が開催されました。研究会と言っても、青年会の会員同士で法話を発表し合い、意見を言い合う、という感じのシンプルな活動になります。今回は、私が住んでいるお寺が会場となりました。
なぜこのような会が企画されたかという背景については、長くなるので、また後日書きますね。
法話研究会の進行方法
進行方法と言っても、あらかじめ決まっていたわけではなく、今回やってみて、なんとなくこんな感じで進めればいいのかな?というのが見えてきたので、簡単にメモしておきます。
まず、法話の発表者は自作の法話を書いた紙を持参し、コピーしたものをほかの参加者に配ります。
そして、法話を発表する前に、「法要の前」と「法要の後」のどちらのタイミングで話すことを想定しているのか、それから、何分話すつもりでいるかを申告します。これはけっこう大事だと感じました。理由は後述します。
発表者は、法要の参列者に話している体で、ほかの参加者に向かって法話をします。
終わったら、ほかの参加者から、ここが良かったとか、ここはこうした方がもっと良くなるんじゃないかとか、感想を言ってもらいます。
感想
全体の参加者は6人で、発表者は2人でした。私は聴く側です。
テーマ設定は「四十九日忌法要のときに話す法話」でした。
まず、「法要の前」と「法要の後」のどちらのタイミングで話すことを想定しているのか、それから、何分話すつもりでいるか、というのを事前に申告したのが良かったです。
法要の前か後かで、法話の印象はだいぶ変わります。また、何分で話すつもりかを事前に申告することによって、「話が長くなる」のを防げます。今回の発表者2人は、ほぼ申告したとおりの時間で話し終えましたが、万が一長くなってしまっても、「どの部分が余計だったか」などをみんなで考えることができますよね。
発表者2人の法話の内容は書けませんが、どちらの法話も新鮮でした。引用する書物(経典や論書、ご遺文など)が、自分が思いつきそうなものとは全然違うんですよね。「あっ、それを引いてくるんだ」という驚きがありました。
それから、各々の実体験や個人的な考えも織りまぜてあって、発表者の方の人柄が出ていて面白かったです。今回はテーマが「四十九日忌法要のときに話す法話」となっているので、自然と聞き手は檀家さんやその親戚の方が多くなります。僧侶自身の人柄があらわれた法話というのは、僧侶と檀家さんのあいだの人間関係を築いていく上で、良い効果をもたらしてくれるのではないかと感じました。
あとは、法話の発表後に感想を言い合うとき、自分の感想に対する感想も言ってもらえる、というのも良いところではないかと思いました。私が個人的に「すごくよかった」「刺さった」と感じた部分について、ほかの参加者から、「中井さんがさっき刺さったと言っていた部分について、実は自分としてはよくわからなかった」という意見が出たんですね。この意見を聞いたことによって、私は「何が刺さるかは人それぞれ」という非常に当たり前のことに気づかせてもらえました。しかも、法話をした本人によれば、私が刺さったと感じたエピソードはすでに檀家さんにも話したことがあるけれども、わりと「ポカン」とされることが多いと言うんですね。私は少数派だったわけです。
はじめての法話研究会という試みでしたが、「やってよかった」「またやりたい」と思えるとても良い研究会になりました。次回は私が法話を発表する当番になるかなと思います。そのときは、自分で作った法話を載せますね。
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今回の記事は以上になります。最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
来週以降、仏教用語解説や、法華経・ご遺文を読んでいくコーナーも、再開していこうと思います。またお付き合いいただければうれしいです。
それでは、また。