小説『バナナフィッシュにうってつけの日』サリンジャー 感想
※感想ですのでネタバレ配慮等はしておりません
※アニメ『BANANA FISH』について大きくネタバレしております。ご了承ください。
本書との出会い
このバナナフィッシュという興味をそそるフレーズに出会ったのは、アニメが最初だったと思います。
『BANANA FISH』というアニメがあります。
孤独で優秀なブロンド男子とその友人の日本人が活躍するアニメです。
基本的にサスペンスとか、犯罪とか、マフィアの勢力争いの渦中で友情が育まれていくお話で、その作中にバナナフィッシュというのがキーワードとして登場します。
『BANANA FISH』面白かったと思うのですが、調べると元ネタがある事が分かりました。
アニメの最終回タイトルがライ麦畑でつかまえて、だったのです。
そしてたどり着いたのが著者のサリンジャーであり、『バナナフィッシュにはうってつけの日』なのでした。
それで僕は新潮文庫の『ナイン・ストーリーズ』を購入し、収録されている本作を読みました。
23ページの完成
『バナナフィッシュにうってつけの日』はわずか23ページの物語です。
しかしながらとんでもない完成度を誇る作品で、無駄のない短編だと感じさせます。
物語の入り方はサリンジャー流で、本旨には全く無関係に思えるような、ガールフレンドの電話からスタートしています。
徐々に本旨が明らかになっていき、どうやら精神にトラブルを抱えた青年の話だという事が分かってきます。
青年シーモアは戦争帰りの男だという事も分かってきます。
そしてシビルという少女との関わりに話は流れ、バナナ・フィッシュという魚の話をシーモアが少女に語ります。
2人の関係は良好で、暖かな話になるだろうと読者には感じさせます。
しかしながら終盤になって、エレベーターで同乗した女性と口論になります。
そしてシーモア青年はラスト6行で自殺します。
わずか23ページの物語にして濃い内容と速い展開があります。
なおかつシーモアの不安定さと物語の不穏さが、ラストに至る過程で描写されているのだから見事です。
この高い完成度がこの短編を著名にしたと言っていいのかと思います。
なぜ自殺した?
恐らく、直接の引き金は同乗した女性との会話でしょう。
女性がシーモアの足を見ていると、シーモアは主張します。
本当に女性が足を見ているのかは分かりません。
シーモアの強迫観念が彼にそう感じさせているだけという可能性は十分にあると思います。
ではなぜ女性はシーモアの足を見たのか?
恐らく戦争で負った傷があるのでしょう。
ここでシーモアの足がバナナ型に負傷しているのではないか。と言う様な考察もあるように思いますが、僕にはハッキリとしたことは言えません。
ただシーモアは女性に足を見られた事を引き金に、拳銃自殺しています。
原因は女性に足を見られたから。
しかしシーモアには以前から死に対する願望があったのかなとも思います。
と言うのも、バナナフィッシュの話。
バナナフィッシュという魚は穴の中に泳いで行って、バナナを食べる。
しかしその後、穴の外に出られなくなり死んでしまうと、語っています。
言うまでもなく穴というのは戦争の事でしょう。
78本も平らげたヤツもいる、というのは敵兵を殺害した数の事を言っているのかもしれません。
そして出て来れず、つまり戦争から平穏な世界に戻ってくることができず、バナナフィッシュ、つまり戦争帰りの人間は死んでしまう。
シーモアはシビルに対して「今日はバナナフィッシュにうってつけの日」だと語っています。
今日は死んでしまうお話にうってつけの日。
女性とのトラブルが無くとも、シーモアは今日死ぬにはうってつけの日だと考え死ぬつもりだったのではないでしょうか。
女性とのトラブルは自殺の理由をシーモアが探していただけなのかもしれません。
そもそも死ぬつもりだった、というのが僕の考えです。
アニメ『BANANA FISH』
アニメ『BANANA FISH』はサリンジャーに影響を受けていると思います。
原作マンガがどうかは分かりませんが、先述したようにアニメ版ラストのタイトルが『ライ麦畑でつかまえて』となっており、サリンジャーの小説と同じタイトルです。
アニメでは主人公アッシュはマフィアの養子であり、敵対組織と戦っていきます。
この辺りがバナナフィッシュの行きつく穴と同じなのかなと思います。
そして小説同様に穴から抜け出せないアッシュは……。
サリンジャーのバナナフィッシュを参考に作られた作品ならば、戦いに身を投じたアッシュはシーモアと同様に死ななければなりません。
両作品ともに戦いについての否定の考えが読み取れます。
一度、戦ってしまったらその穴から抜け出せない。
だから争いなんて愚かな事なのだ。
そう言ったメッセージなのかなと思います。
感想
まず凄まじい完成度だなと思わされました。
そしてよく書いてくれたなと、感謝の気持ちも湧きました。
帰還兵の扱いと心象を書けるのはサリンジャー自身の経験に依るモノが大きいのかなと思います。
書くのも大変だったのではないかと想像します。
この短編には戦争の愚かさと、その負の遺産がしっかりと描写されていて、価値のある作品になっていると思います。
構成に目を移すと、無関係な話が徐々に本筋に迫っていて、この技法は読者を引き込みます。
内容だけでなくテクニックでも高い評価を得たのではないかなと思います。
帰還兵の不安定さと、少女の無垢が混じり合って、作品の切なさを強調しているようにも見えます。
自身の戦争体験と、少年少女を題材にしてきたサリンジャーだからこそ書けた名作だと思います。
読むことができて良かったと思います。