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【選んで無職日記78】絵のこと

 小学校の頃、仲良しのKが絵の教室に通っていた。私も絵を習ってみたかったが、絵を習いたいと母親に言うのが何故か恥ずかしく、結局最後まで言うことはなかった。
 Kは何名かの同級生と一緒に同じ絵の教室に通っていて、市のコンクールで選ばれてKの絵が市営バスのラッピングに選ばれた。同級生の男の子二名の絵も同時に選ばれた。
 街中でKの絵がラッピングされたバスをしょっちゅう見かけた。見かけるたびに、羨ましいなと思った。自分の絵もああやってバスに印刷されたらいいのに。私にはあのレベルの絵の才能はないと思った。

 高校の頃、ほとんどの同級生が別の教科を選択するのに、私だけ美術を選択して一年勉強した。ただ美術に興味があるだけで選んでしまったので、一年間美術を専攻したのは私を含めた四名だけで、しかも私以外全員美術部で、高校を卒業したら美術系の大学に進学しようとする子たちだった。
 最初の授業で静物デッサンがあった。私はそれまでに絵を誰かに教えてもらったことがなかったので、絵の描き方を教えてもらって上達していくのが嬉しかった。
 最終的に四人のデッサンをイーゼルに乗せて感想を言い合いましょうとなり、それぞれ描きあがったデッサンを黒板前に展示すると、あからさまに私の絵だけレベルが低かった。
 上達したと思ったのが情けなく思うほどひどい仕上がりだった。他の三人のリンゴは立体に見えるのに、一つだけ二次元のままだ。入学してからずっと美術部の三人と技術を比べること自体可笑しいのに、あまりの出来の悪さに泣きそうになった。自分としては三人の作品と遜色なく描けたつもりだったのだ。
 その後、私はデッサンを描くことはしなくなり、シルクスクリーンをやったり、撮った写真をPhotoshopで加工していくことにハマっていった。

 ロンドンに留学していた頃、美術系の大学だったのでデッサンの授業があった。こちらは本格的な人体デッサンで、全裸のおっちゃんが皆のイーゼルの真ん中にどっしり構えてポージングしてくれる本格的なやつだった。
 その時も皆で見あいっこしましょうとなって、一時間経って描き上げたデッサンを皆で見あった。ずっとデッサンを勉強してきた人はやはりレベルが違った。教室の真ん中でゴロンと寝っ転がっていた全裸のおじさんが、紙上にそのまま居るようだった。すね毛が本当にざらついて見えるような気がするほどだ。
 私のデッサンは自分自身そんなに嫌いじゃないが、やっぱり上手ではない。上手くないから、誰にも認めてもらえない。そう思いながら自分の絵のそばに戻ると、同級生の勝気な女の子が「私セナの絵好きだけど」と言ってくれた。
 十何年越しに、自分の絵が認められた、と思った。自分の作品が好きだと言ってくれる人がこの世にはいるんだなと思った。

  画用紙と鉛筆で絵を描くことは好きだ。好きだけど、巧く描くのは苦手だ。巧く描くのは苦手だけど、自分のデッサンは意外と嫌いではなかった。嫌いでなくなったのはこの留学時代の授業のお陰だと思う。とにかく何時間もデッサンだけの授業があって、モデルを変え描く場所を変え、とにかく描いて描きまくった。そうしたら自然と自分らしいデッサンのタッチが生まれてきて、いつのまにかそれを悪くないと思うようになっていた。
 上手く描こうとしていた私より、自分の作品が嫌いじゃない私の方が好きだ。あんなに自分の絵が嫌いだったのに、今は時折自分のイラストを見返して可愛いと思ったりもする。そういう自分の感情に正直でありたいと思う。

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