【ウソ?】『30年間給与が上がっていない』の真実

ここのところ、『日本は30年間も給与が上がっていない!』との話題をよく見かけます。
中身を見ると、国税庁の「民間給与実態統計調査」の推移ですね。
与党を責めるための統計としては、便利なものを見つけたものです。
その間、与党が入れ替わった時期もありましたが。

国税庁発表の統計ですから信用できそうですが、この統計提出のお手伝いしたことが何社かあります。
不動産賃貸業の同族会社で、100歳超のおばあちゃまに、いくらか役員報酬を支払っていたのですが、年齢欄が2桁しかなくて、99歳と年齢詐称しちゃって書いたなんてこともありました。
ランダムに選ばれた法人に回答をお願いしているようですが、『参考にならないでしょうに』と思う対象企業が多かった印象です。

それでも、全国から資料を集めているので、それなりの結果になっているのでしょう。

『国税庁なんだから、給与の統計を取るのは簡単では?』と思うかもしれませんが、基本的には知りえません。
事業主等が従業員さんの給与の内容を報告するのは、地方自治体にだけです。
国税庁(税務署)には全体の合計額の報告だけなのです。
その市区町村から、報告内容に疑義がある時に、税務署経由で事業主側にその情報を伝えて修正させることになります。
サラリーマンの税金に関しては、事業主等にその計算と徴収の義務と責任があるということです。

統計自体の問題点

この統計には、気になるポイントがいくつかあるので、挙げておきます。

パート・アルバイトなどを含んでいる(専業主婦の減少)

国税庁のホームページに、この統計対象者には、『パート・アルバイトなどを含む。』とはっきりと明示されています。

30年以上前の平均的な家庭像は、まだ『専業主婦ありき』だったと言えます。
『男は仕事、女は家庭』の風潮が強くありました。
一家に子どもも多く、家電等も今ほど便利になっていないため、家事は一日仕事でした。
この当時は、学校の先生、美容師さん、看護士さんなど、手に職のある女性以外は、あまり働かれてはいなかったと言えます。

それが、今や、子どもの人数も家事の手間も、明らかに減っています。
それでいて、塾だの習い事だのと教育にもお金がかかるようになり、社会環境の変化や職種の増加もあり、可能な限り、女性も働くことができるようになりました。

それでも、税金や社会保険の扶養の都合上、103万円とか130万円以下に抑えている方も多いため、意図的に給与を少なくしている人が増えれば、当然、平均は下がっていくことになります。

フリーターの方々にしても同じで、ガツガツと働かなくのではなく、気ままに働くことも、それほど悪いことだと見なされなくなりました。

要するに、『30年間給与が上がっていない』のではなく、働き方が多様化して、『少しだけ働くことが選べるようになってきた』だけなのです。

公務員は対象外

もう一つの大きな問題は、『民間だけであり、公務員は対象外』なところです。
タイトルにも、はっきりと『民間』と書いてはいるのですけれども。

国家公務員給与は、人事院の給与勧告において、職歴や学歴などを加味した同程度の民間給与等を参考にするので、これが上がっているなら民間も上がっている証拠です。
人事院の「国家公務員の給与改定の推移」という資料を見る限り、下がっている年もありますが、基本的には増えています。
計算したところ、30年で2割ほど上昇していることになっています。
マイナスの年は、もちろん引いて計算して。

つまり、国家公務員は、2割近くは増えているのは、間違いないのです。

ちなみに、同じ表内にある民間の定期昇給込みの上昇率で計算すると、30年で、なんと、約2倍となっています。
安定した企業や公務員であれば、上がる人は、きちんと上がっているのです。
結局、平均を取るから、民間は人の出入りが激しいですし、実態とは離れてしまっていると言えます。
一般的には、転職すれば、上がることよりも下がることの方が多いですから。

統計対象者の入れ替わり(高収入者の大量退職)

上記は上昇率の話でしたが、30年も経てば、対象者の入れ替わりも生じています。

第一次ベビーブームと呼ばれた、いわゆる団塊の世代の1947年から数年後に生まれた方々は、「2007年問題」とまで言われた60歳定年となる頃に退職のピークを迎えたわけです。
終身雇用、年功序列で、所得倍増の旗印のもとで、どんどん給与が増えていった時期を経ているので、額面上の給与は高いままでした。
その大勢が子どもを産んだ1971年頃からの第二次ベビーブームは、就職氷河期と言われたバブル崩壊後の1991年以降と就職年齢が重なります。

ここで、経済成長時期に大勢いた給与の高かった人たちが大量退職し、また大勢いるその子どもたちは、経済低迷期に就職活動をするとなれば、企業としても、低賃金で雇うしかなくなります。

どう考えても、これだけで平均って下がりますよね?

消費者物価の変動と比較すべき(外国との比較の無意味さ)

そもそも、お金とは、物やサービスを買うために存在しているのですから、額面だけ見て、増えたの減ったのと言うのは、ナンセンスです。

G7各国の消費者物価(IMF発表資料)の推移を見ると、1987年(36年前)から見て、去年の時点で日本だけ2割も上がってはいません。
さすがに、最近の激しい物価上昇は、加味されてはいませんが。
次に低いドイツ、フランスでも、7割、8割程度も上昇しています。

れいわ新選組の山本太郎代表が、『アメリカは30年で給与が2.2倍にもなっているのに、日本は上がっていない!』とお怒りになられている動画を見かけました。
裏付けの根拠資料は見つけられませんでしたが、事実だとして続けます。
その間、アメリカの消費者物価は、2.5倍になっています。
全然、ダメじゃないですか。

借金が多い人は、物価が上がろうとも、給料が上がった方が、相対的に借金の負担が減っていきますから、そういう人が多めなアメリカには適している結果なのかもしれませんが。

働き方の変化(業務委託の増加)

平成元年4月に、消費税が導入されました。
約35年ほど前です。
それまで、ぜいたく品とされた物に高税率で課されていた物品税が廃止され、『広く、薄く』と、一部の非課税取引を除き、3%の課税がされたのです。
今や、ちっとも薄くもないのですが。

消費税は、事業者が預かった消費税から支払った消費税を差し引いて納税するのが原則ですが、給与には消費税がかかっていないため差し引けません。
そのため、事業者としては、給与ではなく、外注費(業務委託)という名目で支払えば、消費税の仕入控除ができ、かつ、社会保険料の事業者負担もなくなり、加えて、終身雇用や定期昇給の縛りすらもなくなるので、従業員に辞めてもらって、外注費扱いとするのが流行りました。(現在までも)

給与でなくなると、個人側は確定申告義務がありますが、無申告(=納税していない)の人もいて、建設業などではそういう人の割合が多い傾向にあり、実はしっかりと儲けているのに、表に出てこない(=統計に反映されない)こととなるわけです。

つまり、消費税導入以降、この部分の正規に把握される給与所得者の割合は減り、所得調節がしやすい事業所得者や無申告者が増え、結果的に、『見かけの給与』は減ってしまいます。

無申告者は、インボイス制度で、あぶり出されている面はありますが、『隠れた高所得者』は大勢います。

ネットでは、個人の節税策として、サラリーマンを辞めて、業務委託を推奨する動画を頻繁に見かけます。
ほとんどが、税金や社会保険料の多寡でしか語っていない、低いレベルの話で呆れます。
サラリーマンはなんだかんだ言っても、最低限の立場が保証されています。
病気やケガで休もうが、すぐにクビになることはないと言えますが、業務委託となれば、仕事はオール成功報酬となるので、休めば1円ももらえなくても文句は言えません。
明日から仕事を他へ回すから、と言われても、しょせんは任意契約ですから、突然に収入が途絶えるリスクも多分にあります。
自分の能力や環境。さらには体調も客観的に考慮して判断しないと、大変なことになります。

企業努力と価格競争

極論で言えば、給料が上がらなくても、モノの値段が下がれば、買えるモノが増えます。
繰り返しますが、日本人の給与は、物価に比例して、きちんと上がってきています。
年金等も、建前としては、物価スライドでの増減なのですから、『給料が上がらない=悪』という単純な話ではないのです。

バブル期以降は、各企業が低価格競争の中で、安くて良いものの提供に努力してきました。
その結果、給料が目に見えて上がりはしないものの、物価もそれほど上がりもしないという、良く言えば安定期だっただけとも表現できます。

企業としては、し烈な価格競争に打ち勝つためには、あまり給与も上げてあげられないというジレンマはあったでしょうが、労働者にしわ寄せをするのは感心できませんね。。

真の問題は、国民負担率

ここにきて話をひっくり返すようですが、本当の問題点としては、社会保険料や税金などの国民負担率にあります。

給与の額面は、きちんと働き続けていれば、間違いなく上がっています。
どこでも長続きせず、すぐに辞めて転職する人は別として。

ただ、どんなに額面上の給与額が上がろうとも、社会保険料や税負担が増え続け、実際の手取り額が減っているなら意味がありません。

この話を続けるには長くなりすぎますので、また、別の機会に書こうと思っています。

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