馳せる

急にばあちゃんの声が聞きたくなり、電話をかけた。

私はラジオや電話など、声の話が好きだ。
本音と感情が同時に伝わる最も最適な手段だと思う。
文字だと本音は伝えやすいけれど感情は分かりにくいし、いつ返ってくるか分からない。ただ対面で会うのには時間も労力もかかるし、多少の気力も使わなければいけない。
耳だけで得られる情報量が丁度良い時もある。

時間は昼過ぎだったのですぐ出るかと思ったけれど、コール音は何回も繰り返し鳴り響いた。
諦めようとしたその時、いきなりコール音が止まった。

数秒沈黙が流れ、「...もしもし？」と私が先に発すると「はい」としっかりしたばあちゃんの返事が返ってきた。
最近はオレオレ詐欺に続き闇バイト勧誘の電話までかかってくるらしく、その対策か私が発するまで応えなかったばあちゃんに少し感心した。

「ほのかです！」と応えると「あーほのちゃん！どうかしましたか？ばーちゃんね、今少し外に出ていたのよ〜そしたらプルルルルって聞こえてきたから急いできたんだけども〜」と元気そうなばあちゃんの声を聞いて少し安心して、どうかしていないと電話しないと思われているのかあと少し寂しくなった
「なんもないんだけどね！ばあちゃん何してるかなーって思ってかけてみた」と素直に言ってみた。
ばあちゃんは間髪なく「あーそうなの〜今日はですねぇ、じいちゃんのお誕生日だったのよ。それでケーキかなにか用意しようかなぁと思って、○○の先にあるケーキ屋さんに久しぶりに行って見たんだけど、もう無くなっててねぇ、何も無いのもなぁと思ってスーパーで和菓子かなんか買ってきたよー」と今日の出来事を話してくれた。
そこで私は「あ！今日はじいちゃんの誕生日か！」と思い出し忘れていたことに少し申し訳なくなりながらも、丁度その日に電話をかけた自分も凄いなとそこで折り合いをつけた。

ばあちゃんは私よりもずっとインドアで、来年89歳になることもあり、ママや叔父さんにもあんまり無理はしないようにと日々言われている。
だから私は少しでも外を歩いてくれた事がうれしかった。声色もいつもより明るくて安心した。

ばあちゃんは大きなおうちで1人、広い部屋を隅々までピカピカにしながら暮らしている。

最近のばあちゃんは、私の酷い忘れ物や置きっぱなしを優に超えるほど忘れやすくなってしまい前よりも怒りっぽくなった。
この間ばあちゃん家に訪れた際には、私の髪の毛が床に落ちていることですごく怒られてしまった。
そんなばあちゃんを見るのは初めてで、私はもう会いに行かない方がばあちゃんは心安らかに過ごせるかなと思うくらい落ち込んでしまった。
ばあちゃんは言っていた。「最近はばあちゃんのお母さんのお母さん、ばあちゃんのお婆ちゃんをよく思い出すんだよ」
ばあちゃんのばあちゃんは凄く綺麗好きな人だったらしい。だからばあちゃんも綺麗好きなのかと納得した。
私もばあちゃん家から帰った後は決まって自分の部屋を掃除する。

「人には強く言わないように心に留めていたんだけど、最近は昔のハキハキした自分を思い出すことも多くて、皆にも怒っちゃったりして悪いね。お婆ちゃんにももっと優しくすればよかったなぁ」とばあちゃんは言った。
確かにママはよく言っていた。「ばあちゃんがお母さんの時はね、本当に怖かったんだよ」
ちょっと前までは全く想像つかなかったけれど、それが本当のばあちゃんなのかもしれない。
「イライラする事なんて誰でもあるんだから悪いことじゃないよ、それに今でもお婆ちゃんの事を想ってくれるなんて天国できっと喜んでるよ」と言うと「そうだね、ありがとう。ほのかも大人になったね」と褒められた。

その後もガラガラを押して食料品を買いに行った話や、庭の手入れをしてお花を植えた話、寝る前にはじいちゃんや御先祖様、仏様にお供えをして寝る話など最近の近況報告を聞かせてくれた。
私はこれでもかと言うほどオーバリアクションで「えー、凄いねぇ！こんな寒いのにねぇ〜この歳でそこまでお家を綺麗にしている88歳はばあちゃんくらいだよ」と沢山褒めた。
私のようなぺーぺーが、88歳のおばあ様を褒めるなんて生意気ではあるが、やっぱりいくら長く生きていても、人は褒められたいものだと最近よく思う。
もちろん本当に凄いと思っているが、私は素直に言葉にできない+相手に気持ちが届きにくい人間なので思いっきり伝えた。

そろそろ暗くなりそうだったので「作業中中断させてごめんね、じゃあ寒くなってきたから暖かくしてね、今度は○○(弟)と遊びに行くね！」と締めの流れに持っていったが、ばあちゃんは「うーんそんなことないのよぉ、昨日整えた庭をね、見てただけでね、」とさっき聞いた話をまた二往復目してくれた。

今度は首の詰まった長袖に長ズボン(短いのを履くと対面早々長いお説教を食らう為)で全身フル装備し、髪は一本も落ちないようにケープで固めたお団子で弟と一緒に会いに行こうと思う。