どうかしてた、変な日
24/9/中旬のこと
「もっと笑った方が良いと思うよ」
私は職場において、笑えてないらしかった。
今思うとそんなわけないのだが、自分では笑っていたつもりだった。
昔は給食を食べるのに大支障が出るほどのゲラだったのに、いつしか笑わなくなってしまっていたことを気付かされた。
にこりと微笑む、そんな簡単なことが出来なくなっていたことに、てんで気づけていなかったのだ。
青い鳥が家の中に居たように、口角を上げて上を向けば良かったのだけの話なのだ。
そのことを人から教えてもらった帰り道。何年もかけて固まってしまっていた氷が解けるのを感じていた。不思議な気分だった。
そんなふわふわした気分で帰宅していたら、乗る電車を間違えた。
あれ、聞いたことない駅の名前、と思って急いで降りる。乗り間違えたのは終電。
終わった、と思った。
しかし、なぜかすでに発車してしまったはずの反対向き電車が来ているところだった。それに間に合いさえすれば、とりあえずいつもの路線には復帰できるので、そそくさと乗る。
一駅でも戻れれば、最悪親の迎えを待つことができる。親に急いで連絡し、駅近くで待機しようとする。
生憎、今日は充電器を持ち合わせていない。スマホのバッテリーは20%を切り、赤くなっている。もう、暇つぶしにスマホを見れる程度の余裕はない。
と、思ったら、モバイルバッテリーを持っていた。目盛り2/4ではあるが、無いよりはまし。
と、思ったら、刺してあるケーブルがiphoneに合わないタイプCのやつだった。先日別のものに充電したため、Lightningの方のケーブルを外していたのだ。
が、コンビニに辿り着けたので、ケーブルはなんとかなった。
かなり家から遠い駅だ。父も眠そうだったし、こんなところまで運転させるのも申し訳ないな。
と、思っていたら、偶然お金を持っていた。ちょうど数日後に外出の予定を控えており、多めに下ろしておいたのだ。
ついでに、この辺は土地勘がある。とても知っている、というわけではないが、少なくとも、ここをちょっと行ったところに、この値段で泊まれるホテルがあることを知っている。しかも、明日は仕事が休みだから余裕がある。
なので、ホテルに泊まる旨を父に伝え、ホテルへ向かうことになった。
立ちっぱなしの仕事の後なので、足はかなり疲れている。Google mapに従い、間違えて変な裏道を通りつつ、ホテルに辿り着いた。
もう日付は変わっているし、長時間動き回ってTシャツは汗だく。疲労困憊だったが、なんとかチェックインできた。
まあその、ラブのホテルなんだけど。ラブホテルなんだけど。
前に女友達とラブホ女子会をしたことがあったので、このホテルを知っていたというカラクリ。
せっかくだから、泊まったことのない部屋に泊まる。あまり言うと特定されそうなのであれだが、めちゃめちゃ変な部屋。この部屋、何か変…。
笑えてなかった自分から、笑うことのできる自分へ。変化というのは、痛みや苦しみを伴う。正直、内臓を引っ掻き回されるような気持ちでもあった。
でも、今朝家を出る時に想像できた?
偶然帰りの電車ミスって、でもなぜか過ぎたはずの反対列車が来てて、偶然モバイルバッテリー持ってて、でもケーブル間違えて、でもコンビニにありつけたからなんとかなって、偶然お金持ってて、偶然土地勘のある辺りで、偶然翌日は休み。
そして、1人でラブホに泊まってるなんて!
エアコン効かせて、スマホをモバイルバッテリーで充電しつつ、コンビニで買ったショコラドリンクを飲みつつ、自販機で買った水を冷やしつつ、ハナコのコント集を見る。どうしたっけな、晩ご飯。忘れちゃったけど。
真面目に悩んじゃって、あほくせ〜。
人生何が起こるか分かんね〜。
1人で入るには無駄に大きい風呂に入りながら、ひとしきり笑った。これまで笑えてなかった分。
なんか、全部どうでも良くなった。もちろん、いい意味で。その笑いはだいぶわざとらしかったが、これで良かった。
ベットに全裸でダイブしたら、意外と硬くて、頭がジーンとした。その状態で布団に寝そべり鏡を見ると、裸のマハみたいだった。
ラブホ特有の全体が鏡張りの部屋だったので、鏡を見て笑顔の練習に励むにはうってつけだった。
天井に映る自分を見ながら、明るい挨拶の練習をしつつ、眠りに就いた。
ラブホには窓が無いので時間感覚が狂う。無事起きられるか不安だったが、なんとか朝9時にアラームで起きることができた。
モバイルバッテリーは力尽きており、その代わり、スマホの充電が100%近くまで回復して元気になっていた。
美容院に電話をかける。黒染めをするために。この後空いてますか、と私。12時過ぎなら空いてますよと電話口。ならその時間でと私。急ですみませんと私。
電話を切り、身支度をし、街へ向かうために駅へ。服はどうにもならなくて昨日のままだが、風呂には入ってるから許してほしい。
昨日真っ暗だった駅前は、光り輝いている。午前の、真新しい空気。さらっぴんの酸素。
皆にとっては特記することもない1日だったかもしれないが、私にとっては急転直下の1日だった。
乗り込んだ電車から見える景色は、いつもと少し違って見えたような気がした。気がする……しない?