瀬戸内寂聴訳『源氏物語』は読みやすく、近江の君が哀れな話
夏に、大和和紀さんの『あさきゆめみし』を読んで以降、2022年下半期は瀬戸内寂聴さん現代語訳の『源氏物語』をゆるゆると読んでいました。
この2シリーズは、源氏物語ビギナーには最強じゃないですかね。
『あさきゆめみし』で、作品全体の骨格をつかむ。
瀬戸内寂聴訳で、作品全体の息吹をつかむ。
『あさきゆめみし』はマンガなので読みやすいのはもちろんですが、瀬戸内寂聴訳もとても読みやすい文章で、かつて学生時代に円地文子訳で挫折した経験がある私としては、ぜひ寂聴先生訳を学生さんにもお勧めしたいと思います。(円地先生訳が悪いわけではない。でも今は手に入れにくいし……ごにょごにょ)
文章が読みやすいだけでなく、巻末に注釈、解説、人間関係図や内裏内の見取り図もついているし、だから助けられます。
ただ、まだ5巻までしか読めてないんですけどね。
この先が若菜の巻で、紫の上が無茶苦茶傷つくとわかっているから、読みづらい。源氏のばか、お前はろくな死に方しないよ……って死んでるか(作者も)。
気になるのは近江の君
実は、私が一番身近に感じて気になるのが、近江の君です。
頭の中将として誰もが覚えている、左大臣家の息子で源氏のライバルであり葵上の兄でもあるあの彼。その頭の中将のご落胤として探し出された田舎娘が近江の君なんですが。
同じご落胤扱いの玉鬘の君と比較されて、作品内でも実父である頭の中将からも酷い扱いを受けるんですよね。教養がないとか、礼儀作法がなってないとか、早口だからとか馬鹿にされて。
でもちょっと待って。ずっとほったらかしにして認知もしてなかったわけだし、作法や教養も教えていなければ身につくわけないし、田舎で庶民の子として育つ分にはそんなもん必要なかったわけでしょ?
それをいきなり政治の道具にするために連れてきて、本人はお父様に褒められたくて一生懸命にやってるのに、何の教育も受けさせず「使えない恥ずかしい娘」はなくない? と思いません?
寂聴先生も、この近江の君と末摘花と源の内侍を笑いものにするのはちょっと……と書かれていて、やっぱりそうだよなあと思うんです。
美と教養がすべての貴族社会で、そこから外れたものをあざ笑うことを当たり前とする。それはやはり驕りですよね。
末摘花も哀れとは思いますが、彼女は常陸宮の姫で、多くの家人の上に立つべき立場だったのに、深窓の姫で居続けた結果、彼女に付き従う者たちを食うや食わずやの状況に落とした。その点でやっぱり、部下を食べさせるために受領の求婚を受けようとした玉鬘より劣って見えるんですよね。残酷かもしれませんが。
平安時代の女性は、本当にお人形のように意思を持つことも許されないというか、父親の言うがままに従って生きる以外の道を知らないというか、だから早くに父親を亡くした姫君が没落するのは道理なんですが。
『源氏物語』も結局は「没落家系の女を娶って救済する構図」になっているらしく、でもだからって容姿や教養のなさをあげつらって箸休めって、どうなんですかね? まったく。
こういう貴族の驕り体質が、150年後の清盛を生み、200年後の承久の乱を呼ぶんだよなあと、後になってみれば気づくわけですが、当時の読者である貴族たちはそんなこと知りもしないですもんね。
和歌を詠むことと同じくらい、田畑を耕して米や野菜を作ることも大事だし、民が平和に暮らせなければ、貴族なんて存在価値ない。
紫式部も実は驕る貴族には閉口していたようで、藤壺の宮を称賛するのに「権勢を笠に着て、下々の者を苦しめるようなことも」「仏事供養なども人の勧めるままに、またとはないほど華々しく盛大になさることも」ない、と書いているようなんですよね。
他人のことはよく見えるって、千年前からそうか……ということですかね。
何はともあれ生き生きとした登場人物はすごい
何はともあれ、千年前にこれだけの長編物語を書くというのはすごいことですよね。改めてそれだけは断言できます。
先行の物語って、竹取物語や伊勢物語でしょ?
そのほかにもいろんな書物を紫式部は読んでたんでしょうけど、複雑な人間ドラマというだけでなく、キャラクターに合わせた和歌とか、すごいですよね。当時の人は和歌の代筆をしてたみたいですが、数多のキャラに合わせた和歌って難しいでしょうに。
読みながら、光源氏にキレ散らかしたり、紫の上に「言いくるめられるな!」と囁いたり、頭の中将に呆れたり、夕霧を応援したり、いろいろ振り回されているわけですが(今も若菜がきつくて読めない)、それだけ生き生きした登場人物を千年前に描き切るってすごいですよね。
途中、伏線回収失敗しているのか、時系列的に辻褄合わない部分もありますけど、そもそも最初から順番に書いたとは誰も言ってないし。
六条の御息所の配偶者の先の東宮っていつ頃の人? は、学生時代からの謎でした。そしてやっぱり謎のままでした。
それでついでに『源氏物語を読む』という新書も読みました。
こちらは、源氏物語を読みながら「へえ~そういうことなんだ~」と頷きながら読める解説本、ですかね。
多分、読んだことがある人を対象にしてるっぽいので、本編読まずに読んでもつまらないかもしれません。だったら『あさきゆめみし』か瀬戸内寂聴訳を読みましょう!
ちょっと私の意見とは違う部分もありますけど、全編通しての解説本でこちらも読みやすいです。
なんか「読みやすい」「読みやすい」と連発してますけど、源氏物語は読みにくい(原文が)という認識が強いので、無意識のうちに出てしまいます。
あと200年もして鎌倉時代になったら、武家の合理性が文章にも表れて、無茶苦茶読みやすくなるんですけどね。(というのは『日本語の歴史』で知りました⤵)
なんか、今年読んだけど記事にしてない本を並べてない?
今年の10冊!とか挙げられているすごい方もいらっしゃいますが、とてもそんな真似はできません。
『源氏物語』の記事なのに全然雅な感じがしないので、トップ画像は雅な感じのお写真をお借りいたしました。
これであの世の紫式部もお目こぼしくださる……とありがたい。
とにもかくにも瀬戸内寂聴訳『源氏物語』は、とても読みやすい作品だと思います。
全十巻は長い道のりですが(後半は読んでて辛いのがわかってるし)、2023年中には完読したいと思います。(だいたいこう書くと挫折する暗示)
大晦日の20時。本年もここまでご一読いただきありがとうございました。
よいお年をお迎えください。