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導く

 先日、家庭教師の元・教え子と一緒に、ショッピングモールに出かけた。彼は学校の友達を伴って来た。その友達と私は初対面であったので、変に気を遣わせたら嫌だなと思っていたら、色々と物怖じせず質問してくる子であったので、一先ず安心する。

 「何でもご馳走するよ」と宣言して、モール内のフードコートに向かう。”何でも”の一言で選択肢が増えすぎたようで、何を食べるか決めるのに相当悩んでいた。結局、二人は揃ってオムライスを注文し、私は丼ものを選んだ。

 私が定期的に、元・教え子と会って話をする機会を作っているのは、今の十代が何に興味をもち、どんなことを考えているかを拝聴することで、自分の凝り固まった思考にメスを入れたいからだ。あと、二十代の変なおじさんと話をすることは、十代の子の側にもメリットがある、と勝手に思い込んでいる節もある。
 話題は最初、Youtubeの話になり、「二十代だと、どんな動画見るんですか」と質問された。私の回答は二十代のサンプルとしては不適当だろうなと思いつつ、二、三の動画投稿者を紹介する。予想通り、顔を見合わせてぽかんとしていた。
 ついでなので私の方からも、周りで流行っている動画投稿者について質問する。複数の名前が列挙されたが、一つも知っているものがなかった。

 興味深かったのは、友達の間で流行っているものとして、「伊坂幸太郎」の名前が口にされたことだ。「やっと知っている名前が出た」と前のめりになる。
 私は伊坂幸太郎の熱心な読者ではないが、十冊前後の作品は読んでいる。一度ハマると、手当たり次第に読み漁りたくなる中毒性が、伊坂文学にはある。目の前の十代二人は、まさにその毒におかされている最中なわけだ。

「最近、この本を読みました」

 バッグから取り出したのは、伊坂幸太郎編『小説の惑星』という本。説明によれば、伊坂幸太郎が勧める他作家の作品を、一冊にまとめた本であるらしい。

「永井龍男の『電報』。これ、面白かった」

 まさか、十代半ばの子の口から、「永井龍男」という四文字を聞くことになるとは思わなかった。というか、年齢に関係なく、この作家の名前を耳にすることはほとんどない。

「人間という奴は、列車に乗ると不思議と知人に逢うものだ」
永井龍男・文、伊坂幸太郎編『小説の惑星 オーシャンラズベリー篇』ちくま文庫、P14)

 「こんなこと書いてあるけど……あんまり会わないと思う」。永井龍男の主張に納得がいっていないようだ。確かに、会うか会わないかでいったら、会う方が珍しいかもしれない。いや、人によるか。
 この後、電報のシステムや著者・永井龍男について、幾つか質問されたが、うまく答えることはできなかった。

 伊坂幸太郎は『小説の惑星』について、「他人の褌で相撲を取る、どころか、自分で相撲も取っていないような形の本」(P8)と控えめな自己評価をしている。
 ただ、十代の子を永井龍男作品に導いた点だけを捉えても、この選集の意義は大きい。
 作家・伊坂幸太郎のことを、改めて評価する良い機会となった。



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