【焼鯖そうめん】若狭から運ばれる鯖がもたらした長浜のソウルフード(滋賀県長浜市)
滋賀県長浜市のある琵琶湖北東部一帯は、湖北地方と呼ばれる。福井県の若狭で獲れた海産物を運ぶ鯖街道は湖西のルートが知られるが、敦賀から湖北一帯へも若狭方面の魚介が多くもたらされた。
「昔からこの土地では、鯖をよく食べてきたんです」と話すのは、翼果楼の辻郁子さん。しかも「西の鯖街道は酢締めでしたが、湖北には焼鯖が運ばれてきました」と。脂ののった鯖を竹串に刺して一本丸ごと焼き上げた〝浜焼〟で、春の農繁期には農家へ嫁いだ娘に焼鯖を贈ってねぎらう「五月見舞い」の風習が根付いていた。「浜焼を削いで食べ、翌日には残った鯖を炊いて、その汁でそうめんを煮たのが、鯖そうめんの始まりだと思う」と郁子さん。
祭事や法事で親族が集まると、大皿に鯖そうめんを盛りその上にどーんと焼鯖を載せてもてなすこともあるが、むしろ鯖そうめんは作り置きする日常茶飯だった。郁子さんが子どもの頃のおやつは、焼鯖そうめんばっかり。お弁当にも持っていったのだとか。翼果楼の焼鯖そうめんは、郁子さんの舌に記憶された母の味だ。「醤油も長浜産で近所の鍋庄商店製。他所のでは、この味が出せません」
ご主人の達也さんは、小浜市から届く浜焼を切り分け、こくがある醤油をベースに、2日間かけて煮込む。しっかり炊かれた鯖は口中でほろほろと崩れて骨まで食べられる。一般的な鯖の煮付けとは違って、旨みが深く濃く宿る味わい。そうめんにも鯖の風味がのって、絶妙の取り合わせだ。
店によって作り方も味も違いがある。料理旅館「浜湖月」では、お昼に「焼鯖そうめん御膳」を提供。鯖は有馬山椒を加えた醤油タレで炊く。小鉢を邪魔しない上品ですっきりした味わいだ。女将の岸本裕子さんは彦根市出身。40年前に嫁いで初めて焼鯖そうめんを知って驚いたそうだ。「彦根にはない長浜の味」と語る。湖北の暮らしで培われた風土の味だ。
文=片柳草生 写真=佐々木実佳
出典:ひととき2023年7月号
▼連載バックナンバーはこちら