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「落語家に欠かせない無頼の心を育ててもらった時間でした」五街道雲助(落語家)|わたしの20代

わたしの20代は各界の第一線で活躍されている方に今日に至る人生の礎をかたち作った「20代」のことを伺う連載です。(ひととき2024年4月号より)

 20歳で大学を辞め金原亭馬生きんげんていばしょうに弟子入りしたので、20代は師匠の7番目の弟子・金原亭駒七として始まったことになります。

 実家はてんぷら屋と寿司屋を営んでいました。あたしが大学の商学部に入ったことを親父は「いい跡取りになる」と喜んでましたが、実のところ授業にはほとんど出ていない。学生運動のバリケードだらけでまともに授業はないし、出席の返事だけして教室の下の窓から抜け出し、雀荘じゃんそうや新宿末廣亭に直行です。それでも落語研究会だけはまじめにやってました。落研おちけんは体育会系で、夏は合宿、冬は旅巡業で老人ホームなどを回ります。そんな学生ですから、成績は「不可」が8つでとても3年には進級できない。とはいえ家業は継ぎたくない。それなら落語家になっちゃおうか。そんな気持ちです。母親は演芸好きでしたし、親父は家庭でもめごとを起こした時期で息子に強いことが言えない。またとない機会でした。

 はじめは五代目柳家小さん師匠に弟子入りしようと何度もお宅に行ったんですが、お弟子さんが何十人もいて会うこともできない。見かねたお弟子さんが「うちは無理。馬生師匠のとこならいいんじゃないか」と助言してくれました。

 今思うと、それが運命だった。うちの師匠で本当によかったと思います。師匠は高座と同じく飄々とした人柄で、芸風もとても自由。弟子も、のびのびできました。前座は師匠の家の掃除や雑用、かばん持ちが仕事です。ある日、掃除をちんたらやってたら、師匠が「バカバカしいかい。バカバカしいだろ。バカバカしいことを一生懸命やるのが落語だよ」と教えてくれた。「しっかりやれ」と怒ったりしない師匠の言葉は身に染みるんですよ。酒好きの師匠の大事なオールドパーを兄弟子と飲んじゃった時も、「俺の寝床に来るねずみはウイスキーを飲みやがんだ」なんてね。洒落しゃれてるでしょ。

前座時代。師匠の十代目金原亭馬生が愛用のライカで撮影した1枚

 弟子入りから4年目で二ツ目となり、六代目五街道ごかいどう雲助くもすけを名乗ることになりました。このころのあたしは、月に何回も勉強会をして、ひとつ覚えたらまた次とネタを増やしていました。「鰍沢かじかざわ」「真景しんけい累ケ淵かさねがふち」などで知られる圓朝えんちょうもの*をやり始めたのもこの時期です。

* 落語中興の祖といわれる初代三遊亭圓朝[1839-1900]が創作した怪談噺や人情噺

 もうひとりの大事な師匠、浅草の飲み屋「かいば屋」のおやじさんに出会ったのも20代。店には野坂昭如あきゆきさん、田中小実昌こみまささん、殿山泰司たいじさん……仲間というには畏れ多い方々がいらしてた。阿佐田哲也さんにはご自宅で落語会をやらせてもらったこともあります。「酒飲んで人に迷惑をかけろ。次の日に反省をしろ。それでお前も人に優しくなれる」と、おやじさんに新宿のゴールデン街にも連れて行ってもらいました。そこでとぐろを巻いてるわけのわかんないのとつきあうのも、あたしにはよかった(笑)。髪を伸ばしてアングラ劇に出てパンツ1枚で体をくねくねさせて踊ったり、武智たけち歌舞伎*に出たり。バスツアーの酔っ払い相手に余興もやりました。毎日、面白かった。

* 評論家・演出家の武智鉄二[1912-88]が主催した若手役者中心の歌舞伎

 落語には、大酒飲みとか喧嘩ばっかりしてる夫婦とか、しょうがないのがたくさん出てくる。そんな人間たちの噺をする自分は、了見だけはアウトローでいたいと思います。自然な流れでつい落語家になって今に至るあたしですが、20代は落語家に欠かせない無頼の心を育ててもらった。ありがたい時間でした。

談話構成=ペリー荻野

五街道雲助(ごかいどう・くもすけ)
1948年、東京都墨田区生まれ。幼少時より寄席演芸になじむ。68年、明治大学商学部を中退し十代目金原亭馬生に入門。前座名は金原亭駒七。72年、二ツ目に昇進し、六代目五街道雲助に改名。81年、真打昇進。廓噺や圓朝噺を得意とし、江戸の粋を感じさせる高座が落語通を魅了する。口演速記の掘り起こしにより「双蝶々〈ふたつちょうちょう〉」など約40席もの古典作品を復活させた。文化庁芸術祭優秀賞、芸術選奨文部科学大臣賞など受賞多数。2023年、落語家で4人目となる重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定された。

出典:ひととき2024年4月号

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