“他生の縁” で巡り合った仏像 村松哲文(大学教授)
小説家、エッセイスト、画家、音楽家、研究者、俳優、伝統文化の担い手など、各界でご活躍中の多彩な方々を筆者に迎え「思い出の旅」や「旅の楽しさ・すばらしさ」についてご寄稿いただきます。笑いあり、共感あり、旅好き必読のエッセイ連載です。(ひととき2021年10月号「そして旅へ」より)
旅といえば「旅の醍醐味は、寄り道だよ」と、かつて指導を受けた先生から言われたのを思い出す。国内外を問わず、調査旅行で先生のお供をする時は、確かに寄り道だらけで、スケジュールはあってないようなもの、未熟者の私は、(時間がもったいない)なんて心の中でつぶやいていた。
しかし、子供の頃は好まなかった食べ物が、大人になるにつれ美味しくなるように、寄り道の醍醐味が次第に分かるようになってきた。その意味を理解したと同時に「袖触れ合うも他生の縁」という言葉も実感できるようになったから不思議だ。
「他生の縁」とは仏教語である。他生とは、現世を中心にして前世と来世をいう。つまり、今生以外の世で縁があったからこそ、必然的に現世で出会ったということだ。
コロナが流行る前、卒業を控えた4年生を中心に1月か2月に関西方面をメインとしたゼミ旅行をしていた。学生がスケジュールを立て、学生の行きたいお寺で仏像を拝観する。皆で気になる表現などを話し合ったり、好き勝手に感想を言って楽しい時間を過ごしていた。例年は奈良・京都が多いが、ある年のゼミ旅行は、京都と滋賀のお寺を訪ねる予定を立てた。雪化粧の比叡山延暦寺、寒さに震えながら登った先の食堂で食べた蕎麦の温かさは、今でも忘れられない。琵琶湖周辺には素敵な仏像を安置したお寺が多くある。
次の日は琵琶湖の東側、湖東といわれる地域を巡る予定であった。京都から在来線に乗って1時間はかかる場所だ。ゼミ旅行は冬なので、しばしば雪が降る。その年は、結構な大雪で在来線の運行が気になっていた。案の定、電車は遅れており、予定がズレることが明らかになった。するとゼミ長が途中下車して別のお寺にしましょうと提案してきた。
自分の学生時代と違い、今は手元で何でも調べられる。学生は器用な手つきで別のお寺を探し出し、目的地を湖東ではなく湖南に変更した。その最寄りの駅に着いても大雪であったが、何とか駅から歩ける距離だ。たどり着いたお寺は善水寺、大雪のせいもあり他の観光客はいない。贅沢なことに我々のゼミで貸し切りとなった。国宝の本堂内には、国の指定文化財となっている仏像がずらりと安置してある。
「すごい!」
学生たちが驚嘆していた。
実は、私も初めて訪れたお寺だった。学生から「先生の授業では紹介されたことがなかったけど、奈良や京都以外にもすごい仏像があるんですね」と嫌味とも感動ともとれる感想を言われたのを覚えている。
この時は、大雪のおかげで仏像と袖が触れ合った。仏像との出会い、私は他生の縁で巡り合っていると思っている。前世か来世なのかわからないが、世に数多くある仏像の中で、今生でお参りできる仏像は限られている。まさに仏縁だ。他生で触れ合った仏像に出会うために、いつの間にか寄り道が楽しみで旅に出るようになっている。
文=村松哲文 イラストレーション=林田秀一
村松哲文(むらまつ てつふみ)
駒澤大学仏教学部教授。禅文化歴史博物館館長。1967年、東京都生まれ。専門は仏教美術史。『かわいい、キレイ、かっこいい たのしい仏像のみかた』(日本文芸社)を監修、NHKの番組テキストに『アイドルと旅する仏像の世界』(NHK出版)がある。
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