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荷風送香気|心に響く101の言葉(3)

奈良の古刹・興福寺の前貫首が、仏の教えと深い学識をもとに、古今の名言を選び、自らの書とエッセイでつづった本書愛蔵版 心に響く101の言葉(多川俊映 著)よりお届けします。

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幽かなものを感じる力

 夏のさかりには、各地の園池やお堀では、蓮の花が咲き誇る。その上を吹く風は清清しく、はなはだ品のよい香りを運んできて、ひととき、暑熱を忘れさせてくれる。

 その情景が、

荷風(かふう)、香気を送る

である。唐の孟浩然(689~740)の漢詩の一句にある。念のためにいうと、荷とは蓮のことで、荷風は、その上を渡ってくる風だ。

 荷風といえば、日本の伝統文化を顧みない風潮を嫌った永井荷風が想起されるが、それはともかく、蓮の香りは、実に微妙である。けっしてシャシャリ出て自分を主張したりしない――。

 花弁に顔を近づけても、ほんのり甘い香りだから、荷風が運んでくる香気は、もっと幽(かす)かだ。それを、このように受け止めた感性は、なおざりにはできない。

 それというのも、近年は、すべてがギトギトして強烈なのだ。刺激はしだいに強くなり、それに慣らされて、私たちもまた、いっそう強い刺激を求める……。

 そうした世相で何より心配なのは、人の心の理解だ。何が微妙かといって、私たちの心ほど微妙なものはない。それをあれこれ忖度するには、幽かなものへの鋭敏な感性がカギなのだ。この一句の秘めるものは、小さくない。

老院99の言葉2

多川俊映(たがわ・しゅんえい)
1947年、奈良県生まれ。立命館大学文学部心理学専攻卒。2019年までの6期30年、法相宗大本山興福寺の貫首を務めた。現在は寺務老院(責任役員)、帝塚山大学特別客員教授。貫首在任中は世界遺産でもある興福寺の史跡整備を進め、江戸時代に焼失した中金堂の再建に尽力した。また「唯識」の普及に努め、著書に『唯識入門』『俳句で学ぶ唯識 超入門―わが心の構造』(ともに春秋社)や『唯識とはなにか』(角川ソフィア文庫)、『仏像 みる・みられる』(KADOKAWA)などがある。

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