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少年の祖父に会いに行く 山脇りこ(料理家)

小説家、エッセイスト、画家、音楽家、研究者、俳優、伝統文化の担い手など、各界でご活躍中の多彩な方々を筆者に迎え「思い出の旅」や「旅の楽しさ・すばらしさ」についてご寄稿いただきます。笑いあり、共感あり、旅好き必読のエッセイ連載です。(ひととき2024年7月号「そして旅へ」より)

 夫から「岡山の院庄いんのしょうってところに行かない?」と旅に誘われました。院庄? はて?

「おじいちゃんの生まれ故郷なんだ、津山市にある院庄」。祖父が亡くなって7年ほど。仕事で岐路に立っていた夫は尊敬していた祖父を思い出したのかも。いいね、行きましょう!

 7月初旬、列車好きな私たちは品川から岡山まで新幹線で。雨の品川を出て岡山に着いたら見事な晴れ。さすが晴天率の高さで知られる街です。岡山駅で小さな車を借りて北上し、院庄へ。

 祖父は1906(明治39)年生まれ。飛び級で当時の旧制六高*に合格。その後、東京帝大から台湾銀行へ。日本統治時代の台北に本店があり、海外取引を担う国際銀行だったそうです。「まだ子供だったけど、大人にするのと同じように、海外での暮らしとか、政治とか経済の話をしてくれたんだよね」と夫。そして祖父から聞いたこんな話をしてくれました。

 祖父が六高の受験のため岡山市内の親戚の家に泊めてもらった時のこと。夜、親戚たちは「あんな小さな子が六高なんて受かるわけないよ」とひそひそ話。それを聞いてしまった祖父は、かえって闘志がわいてきて「受かるぞ!」と強く誓ったそう。

 聞きながら小さな少年の姿が目に浮かびました。大正・昭和と、祖父のように小さな身体に大きな志を持ち、ふるさとの期待も背負って、都市へ出た若者がたくさんいたのでしょう。がんばるという言葉が素直に響いた時代だったのかもしれません。

 院庄につくと、かつて祖父の家があったあたりを歩き、近くの作楽さくら神社へ。そこに村長だった高祖父(祖父の祖父)の銅像があるというのです。

 銅像を見つけて「おお!」と感嘆する夫。私もうれしくなりました。いやはや縁とは不思議です。昨日まで全く知らなかった人の銅像にわきあがる親近感。夫と出会い結婚して家族になったことで、祖父の少年時代を思い、悔しがったり感激したり。青い稲が輝き、童謡「ふるさと」が浮かぶような懐かしい景色の院庄が、急に特別な場所になりました。

 そしてこの日のもうひとつの目的地へ。院庄から車で1時間ほどの新見市哲多てつた町にあるdomaineドメーヌ tettaテツタです。耕作放棄地を再生するため2009年からワイン造りへの道を歩み始めた、日本ワインをけん引する作り手さん。パンダのイラストのエチケット(ワインのラベル)もいい。ここのワインが大好きで訪ねてみたかったのです。

 新見市内の観光ならタクシー代が半額になる制度があると聞いて、新見駅からタクシーで。畑には見事に葡萄が実っていました。モダンなワイナリーでお願いしたのは、限定のロゼ。すっきり辛口だけど香り華やか。「今度は台湾銀行時代に祖父が暮らした街をめぐってみたいな」と夫。「いいね、まず台湾だね」と私も。もう会えなくても、こうして思い出したどればいつも力をくれる。ありがとうと祖父に乾杯しました。

*旧制第六高等学校。岡山市に設立された官立旧制高等学校のひとつ

文=山脇りこ
イラストレーション=駿高泰子

山脇りこ(やまわき・りこ)
料理家。忙しい人にも作りやすく身体に優しい家庭料理に、モダンなエッセンスを加えたレシピを伝えている。旅のエッセイ『50歳からのごきげんひとり旅』(大和書房)が12万部を超えるベストセラーに。台湾・台北のガイド本や台湾料理の本もある。近著の『旅する台湾・屏東』(ウェッジ/一青 妙、大洞敦史との共著)も好評。

筆者近刊『旅する台湾・屏東

出典:ひととき2024年7月号

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