【嬉野の温泉湯どうふ】温泉水が引き出す至福の口どけと豆腐のうまみ(佐賀県嬉野市)
『肥前国風土記』にも登場する歴史ある名湯、嬉野温泉。高温で無色透明、ナトリウムを多く含む国内でも希な泉質で、肌にまとわりつくようなとろみが特徴だ。
名高い美肌の湯につかってうっとりしているのは人ばかりではない。目の前で湯気を立てているのは、温泉水でことこと炊かれてとろけた豆腐。「弱アルカリ性の温泉成分が豆腐のタンパク質を分解して、とろとろになるんです」と「宗庵よこ長」4代目の小野原健さん。今では嬉野の多くの宿や食堂で供される温泉湯どうふだが、実家が豆腐店だった初代が考案し、料理に取り入れたのが発祥という。
「煮汁に味がついているのでそのままでおいしく召しあがれますよ」小野原さんの言葉通り、うまみがたっぷり溶け出した煮汁と豆腐を一緒に掬って口に運ぶと、秘伝の味つけが施された煮汁が甘く豊かな大豆の風味を引き立て、一気に完食。豆腐は地元産大豆で自社製造、家伝のレシピに研究を重ねた味は、まさにここだけのもの。
大豆の生産地でもある嬉野では豆腐作りも盛んで、多くの店が手作りの味を守っている。その一軒、藤川豆腐店では豆腐作り7年目の藤川侑介さんが、早朝から忙しく働いていた。
蒸した大豆を機械で擂り潰す。そこから先はすべて手作業だ。絞った豆乳ににがりを打ち攪拌、型に流して重しをし、固まったら一丁ずつに切り分ける。「豆腐の味と食感を左右するのは、にがりの加減。その日の温度や湿度で微妙に調整しています」(藤川さん)
同じ材料、工程でも作る人によって出来上がりが全く違うのが豆腐作りの面白さだと藤川さんは言う。目指すのは、湯豆腐にしたときに軟らかいだけでなく、もっちりとした弾力を感じる豆腐。「ようやく自分の豆腐が作れるようになってきました」
温泉とともに長く愛されてきた、嬉野の湯豆腐。シンプルだけど奥深いその味に心まで温かくなった。
文=宮下由美 写真=阿部吉泰
出典:ひととき2022年11月号
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