京都――タイルと建築100年の物語【紀行1:先斗町歌舞練場、京都市京セラ美術館】
先斗町歌舞練場
京都が生んだ美術タイル「泰山タイル」の宝庫
明治から昭和時代にかけて活躍した小説家・谷崎潤一郎は随筆『陰翳礼讃』のなかで、タイルを痛烈に腐している。曰く「ケバケバしい」「『風雅』や『花鳥風月』とは全く縁が切れてしまう」などと、散々な言いようである。文豪に楯つく気はないが、京都・鴨川右岸にある先斗町歌舞練場の建物を前にすると、谷崎先生に文句のひとつも言いたくなる。なにしろ目の前の建物は、タイルを外壁全面に使っているのに、格式さえ感じさせる落ち着いた佇まいだからだ。
「まぁまぁ(笑)。谷崎が『ケバケバしい』と断じたのは、屋内の水回りに使われた白い内装タイルのこと。先斗町歌舞練場の外装に使われている泰山タイルとは、目的も用途も違いますから」
そう教えてくれたのは、美術家の中村裕太さん。陶磁器やタイルなどの学術研究とともに、広く創作活動に取り組んでいる。
「外壁のスクラッチタイルがいい味を出していますね。スクラッチタイルとは、櫛のように釘を1列に並べた道具で引っ掻いて模様をつけたもの。アメリカの建築家フランク・ロイド・ライトが設計した東京の旧帝国ホテル(1923=大正12年竣工)で使われ、注目を浴びました。石や煉瓦に似た重厚さを醸し出しながら、どこかやわらかい。さすが泰山タイル(25頁)ですよ」
こう評するのは、日本の近現代建築を専門とする建築史家の倉方俊輔さんだ。
「タイルは石や木、煉瓦に“擬態”する建材だということがよくわかります」と中村さんが言葉をつないだ。この日「はじめまして」の挨拶を交わしたばかりの中村さんと倉方さん。すでに息はぴったりである。
花街らしさいっぱいの近代建築
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レトロなビルのファサードや銭湯の浴場を飾る「タイル」。どこかノスタルジックな趣のあるこの言葉が使われはじめたのは、ちょうど100年前のこと…
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