【和歌山の丸編みニット】希少な吊編機と作り手の情熱が生み出す 空気を編み込んだような風合い
日本全国の“地域の宝”を発掘する連載コーナー「地元にエール これ、いいね!」。地元の人々に長年愛されている食や、伝統的な技術を駆使して作られる美しい工芸品、現地に行かないと体験できないお祭など、心から「これ、いいね!」と思える魅力的なモノやコトを、それぞれの物語と共にご紹介します。(ひととき2021年10月号より)
シャーッ……という柔らかな駆動音が満ちる工場には、白い生地を纏いながら回転する不思議な機械。見ると、梁から吊り下げられた機械にはびっしりと円形にめぐらされた編み針が。針の一本一本に通された糸から、ゆっくりと筒状の生地が生まれてくる。
「吊編機*1ですわ。昭和30年代まではみんなこれやったけど、1時間で1メートルほどしか編めんからねぇ」
*1 ニット生地を編み立てる旧式の編機
和田メリヤスが手がける「Switzul」のプルオーバーとパーカー。滑らかな風合いに虜になるファンも
大量生産時代に逆行するかのように、希少な吊編機での丸編みニット作りを続けてきた「和田メリヤス」の代表・和田安史さんはそう言いながら、オリジナルブランド「Switzul」のパーカーを手渡してくれた。驚いたのは、手に吸い付くようなもっちりした感触。まるで空気を編み込んだような風合いは、低速で丁寧に編み上げる吊編機でしか出せないという。
和田メリヤス:上に掲出した写真のパーカーはふっくらとしたランダムパイルの裏毛生地
「最新の編機なら一気に数百段編めるけど、斜行*2も起きやすい。うちのは10年着ても型崩れせんよ」
*2 糸の撚りや編み立ての具合で、洗濯すると脇縫い線が斜めになって前後に回り込む現象
和田メリヤスの代表・和田安史さん
和歌山市は国内生産量の4割を占める丸編みニットの産地。肌着やTシャツに使われる伸縮性に富んだいわゆるカットソー生地で、かつてはメリヤスとも呼ばれた。
「漢字では莫大小。莫には〝無い〟という意味があって、伸縮自在でサイズの大小を問わないということです」。そう教えてくれたのは、丸編み専業メーカー「丸和ニット」の社長・辻雄策さんだ。
丸和ニットの辻雄策さん
「その伸縮性を生かしつつ織物のようなハリを持たせたのが、20年かけて開発した『バランサーキュラー』。世界中でもうちでしか作れない丸編みニットです」
ループ状に編んだヨコ糸にナイロンのタテ糸を編み込んだバランサーキュラー生地。伸縮性抜群!
同社のブランド「Bebrain」ジャケットを着てみると、動きやすくて、とにかく軽い。そのうえ肌触りも抜群。びっくりして辻さんの顔を見ると、でしょう? とばかり、嬉しそうにうなずいた。
「Bebrain」のジャケットとパンツ。折りたたんでもシワになりにくい
〝編むこと〟の可能性に挑戦し続ける人々の探究心から生まれる和歌山のニット。しなやかで優しい着心地は、旅に必携だ。
ウールを主素材とした「Bebrain」のチェスターコート。バランサーキュラーは裁断してもほつれにくいので、縫い代無しの軽やかな仕立て
文=奥 紀栄 写真=佐々木実佳
ご当地INFORMATION
●和歌山市のプロフィール
紀伊半島の北西岸、紀の川河口にひらけた県都。1585年(天正13年)に紀州を平定した豊臣秀吉の命で弟の秀長が和歌山城を築城。後に徳川家康の第10子・頼宣が55万5000石で入城して以来、徳川御三家のひとつ紀州徳川家の城下町として栄えてきた。ニットの生産が始まったのは明治時代末で、大正時代に綿メリヤスが飛躍的に発展、国内有数の産地となる。
●問い合わせ先
和田メリヤス(Switzul)
☎073-479-0074
https://www.switzul.com
丸和ニット(Bebrain)
☎073-471-1231
https://bebrain.stores.jp
漁港を囲む丘上に家々が立ち並ぶ様子から「日本のアマルフィ」と称される雑賀崎 写真提供=和歌山県観光連盟
出典:ひととき2021年10月号
※この記事の内容は雑誌発売時のもので、現在とは異なる場合があります。詳細はお出かけの際、現地にお確かめください。