世界三大毛織物の産地のひとつに数えられる尾州*。「第一に水量豊富な木曽三川、第二に肥沃な濃尾平野のおかげでしょう」。繊維業が発展した理由を、一宮市のテキスタイルメーカーの中伝毛織の社長・中島幸介さんが教えてくれた。毛織物の上質な風合いを出すには、とくに硬度が低い木曽川の軟水が適しているという。しかしながら、「ウールは用途の多い生地で、セーター、コート、靴下……最終製品のイメージを絞りにくい。だから〈尾州ウール〉のブランディングは難しいんです」
そう語りながらも、メーカー大手である中伝毛織は、ファクトリーブランド「織地也」を立ち上げ、2011年に第一弾としてピーコートを発表した。
「うちの強みは、充実した設備とそれを活かせるノウハウの蓄積。両輪が揃っているから、優れたさまざまなタイプの生地を生産できるんです。この点をアパレル業界の人にアピールし、一般の人にも素材のよさを実感してもらうために、自分たちで一から形にしようと挑戦しました」
一方、ウールの産地として尾州の認知度を高めることを目指して、ファクトリーブランド「blanket」をスタートしたのは、尾州毛織物卸の老舗・大鹿の若手、彦坂雄大さん。アパレルの販売員からの転職組で、企画デザインを担っている。
「入社後に、尾州毛織物の歴史を学び、職人さんたちの力量を目の当たりにしました。けれども、未来を見据えたら、産地が先細りしないための新しい取り組みが必要だと感じたんです」
2016年、14着を形にして自ら手売りしたのが第一歩。今季は400着を生産するまでに至っている。
「一流の職人が揃い、一流の生地が作れる。とくにウールが代名詞です。じゃあ、そんな尾州にお客さんが求めるものは何だろうと考えて、コートがベストだと判断しました。コートは値が張るので気軽には買えません。でも、せっかく購入するなら一番よいものが欲しい、長く着られるものが欲しい、そんなニーズに応える究極の一着を目指しました」
たとえどんなに冷たい風が吹こうとも大丈夫。着る人はもちろん、産地も守る。けっして負けないウールのコートが、尾州で生まれている。
文=神田綾子 写真=佐々木実佳
出典:ひととき2022年12月号
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