【菰野ばんこ】日本の夏に萬古焼の蚊遣り豚を(三重県菰野町)
鈴鹿山脈の峰々を望む菰野町。緑の田んぼが広がる一角にポツンと立つ倉庫のような白い建物は、萬古焼の窯元「山口陶器」のオリジナルブランド「かもしか道具店」の店舗だ。店内には落ち着いたカラーのシンプルな食器や道具が並ぶ。「萬古焼は分業が主流ですが、私たちは企画から製造、販売まで自社で手がけています」と代表の山口典宏さん。ブランドのコンセプトは「食卓を通じ幸せを届けること」と明快だ。
ふっくらおいしいご飯が炊けると人気の炊飯鍋、真鍮のハンドルがアクセントになった美しいデザインのやかん、溝がないのにちゃんとすれる不思議なすり鉢。どれも、すぐにでも使ってみたくなる。
少し離れた工場では、職人たちが鍋の生地に段差をつけて形を仕上げたり、素焼き後のカップの取っ手や表面を丁寧に削って滑らかにしたり。「人の手をかけることを大切にしています。萬古焼を通して作り手の気持ちも届けたいですね」。
三重県の地場産業として土鍋や急須などの日用陶器で知られる萬古焼は、桑名の豪商・沼波弄山によって江戸時代中期に焼かれ「萬古」の印が押されたのが始まりだ。四日市萬古焼として定着したのは明治期に入ってから。港があり燃料の入手が容易で流通にも適していたことから、四日市市は全国有数の陶器産地となった。隣接する菰野町にも窯元が集まり、現在は7軒の窯がそれぞれ特色のある萬古焼を作っている。
モダンであたたかみのある和洋のうつわが印象的な「クラフト石川」は、石川哲生さんが家族で営む工房。粘土を板状にのばし形を作る「たたら成形」のうつわは丸みのある柔らかなフォルムで、しっくりと手になじむ。ミルクパンや直火にかけられる皿など、耐熱性の高いアイテムも多い。作陶のキャリア30年の石川さんは「土の質感を大切に、若い世代のライフスタイルにもマッチするものを」と笑顔で話してくれた。
創業70年の「松尾製陶所」の工場は、シーズンに向け蚊遣り豚製造の真っ最中。棚にずらりと並んだ素焼きの豚の愛らしさに心が和む。「電気蚊取り器の普及で蚊遣り豚の需要は減少ぎみですが、日本の夏ならではの風情ある文化をつないでいきたい」と代表の松尾徹也さん。暮らしに寄り添う萬古焼のほっとするようなぬくもりが、ふくよかな陶の豚から伝わってきた。
文=宮下由美 写真=阿部吉泰
出典:ひととき2022年7月号
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