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野鳥が集う、熱海へ――

「野鳥観察」と聞くと春や夏を思い浮かべるかもしれませんが、じつは冬こそぴったりの季節。というのも、日本で見られる約600種の野鳥の半数以上を占める渡り鳥のうち冬は飛来する種が最も多いのです。それに、木々の葉が落ちて観察しやすく、ふだんは山にいる野鳥も、寒いと比較的暖かい低地に下りてきます。そこで野鳥研究家・室伏友三さんと、豊かな自然に恵まれた熱海で野鳥観察。美しい冬鳥の姿に、ささやかな癒しを求めて――(ひととき2021年12月号特集「冬、野の鳥に会う」より一部抜粋してお届けします。)

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「ここはね、夜、星空の中を鳥が渡っていくのが聞けます」

 え、鳥が見えるんじゃなくて? 聞けるんですか? いぶかしがる取材班に室伏友三さんはニカッと笑い、双眼鏡に手をかけた。今はただ波の音だけが聞こえる。

「バードウォッチングって視覚だけじゃないんです。あらゆる感覚を研ぎ澄ませて、鳥を観察し、自然のダイナミズムを感じることが醍醐味です。秋から冬にかけて、真っ暗な海上を数百羽のシギやチドリの群れが渡っていきます。この街の沿岸では、晴れた日の穏やかな夜間に、それはもう、鳴き声が降るように聞こえてくるんですよ」

 熱海在住の野鳥研究家である室伏さんは、地元・熱海の自然と野鳥の生態を知り尽くす専門家。熟練のネイチャーガイドとしても活躍している。

「日本におよそ600種の野鳥がいる中で、熱海では約4割もの種が観察できます。賑やかな温泉街のイメージが強いかもしれませんが、野鳥の暮らす場所として、多様な環境が揃った実におもしろい土地なんです」

都市と自然が隣り合う地

 野鳥観察のスタートは、熱海駅から徒歩15分の場所にある「親水公園」から。スッキリ晴れた空に光る海、幾艇ものヨットがゆらゆらと波間に揺れる。しかし隙なく整備された都会的な空間に野鳥なんているのだろうか。バードウォッチングなのに、肝心の鳥がいない気がするぞ。いや、私にだけ見えていないのかも……。キョロキョロと空や海を眺めてみても見つからない。

「いるよ、あそこ。イソヒヨドリ」

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イソヒヨドリのメス。全国の海岸の岩場などに暮らす留鳥

 小さな声で教えてくれたのは、9歳の文音あやねちゃん。本特集編集担当者の娘であり「日本野鳥の会」会員でもある愛鳥家。今日は野鳥観察初心者の筆者をサポートしてくれる役回りだ。防波堤の隙間には、灰褐色の小鳥がぴょんぴょんと跳ねている。文音ちゃんは双眼鏡で食い入るように見つめ「ふふ。かわいい」と満足げに呟き、愛用の野鳥図鑑に観察メモを書き入れた。小さな先輩の所作を真似て、双眼鏡を目にあててみる。しかし小鳥の動きは素早く、なかなか双眼鏡で追いきれない。

「見えないときは鳴き声を聞くといいよ」

というアドバイスに従い親水公園に隣接するムーンテラスの先端へ。ギャーギャーという高く濁った鳴き声が海風にのって聞こえてきた。声の先のテトラポットに白い線が……と思って目を凝らすと、それはズラリと並んだウミネコの群れだった。いた!

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カモメ類の代表・ウミネコの群れを発見! 海岸や内湾、河口など全国の沿岸で見られる海鳥で、冬の時期は湖沼や池でも確認できる

 嬉しくなって双眼鏡を目にあてる。しわがれた声とミスマッチな優美な姿が印象的だ。

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ムーンテラスで室伏さんからカモメ類の説明を受ける。海鳥は色や大きさが似ていることも多く、同種でも若鳥と成鳥で色合いが異なる。ウミネコやセグロカモメなどの海鳥は全国の海岸に生息しており、比べながら観察すると野鳥の知識が身につきやすく楽しい

「あぁ、セグロカモメもいますね。海上の鳥を探していると、運がいいときはイルカの群れを見つけることもありますよ」と室伏さん。熱海の沖合にイルカがいるなんて! と驚くと、室伏さんは「熱海はビルが並ぶ街のすぐ近くに海があり、駅の裏には山がある。都市と濃密な自然がこんなに隣接している土地はなかなかありません。鳥の中には都市鳥としちょうと言って都会の環境に順応し都市をすみかにする鳥もいます。街があるからこそ観察できる野鳥の種類が多いんです」と言いながら街のほうへ歩き出す。足を止めたのは歓楽街の隅にある橋。

「ここはカワセミに会えるスポットです」

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室伏さんが別日に撮ったカワセミ。「空飛ぶ宝石」とも例えられる

 室伏さんは橋の欄干から身を乗り出し、橋桁の陰の部分に目を凝らした。河口の海水と淡水が混じり合う汽水域は魚が豊富で、ワイルドに捕食する姿も見られるという。

「午前中は特に会える確率が高いです。もう少しブラブラしていれば必ず会えると思うんだけど……」

 なおも目を光らせて隅々を探しつつ、残念そうに呟く室伏さん。カワセミが繁華街の川辺にいるなんて。そんなお手軽に見られるわけないと思い込んでいた。「ハハハ。熱海って、いいでしょう?」と室伏さんがニコッと笑う。

「ねぇ、あっちにチュウサギがいるよ」という文音ちゃんのささやき声で振り返ると、足長のシルエットがゆらりと川面に動いた。急いで双眼鏡を覗くと、エサを探すチュウサギの細かな表情まで見ることができる。双眼鏡越しにぐっと近づいた鳥の姿はなんだか厳かで、静謐せいひつな絵画を見ているような気持ちになった。

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カワセミを探していて偶然出会ったチュウサギ。水中のエサを探しているのか、ときおりちょこちょこと動き回っていた。夏の時期に水田や湿地、都市部の公園で見られる。ダイサギやチュウサギ、チュウダイサギ、コサギは「シラサギ」と呼ばれる

「野鳥って本当に身近にいたんですね。恥ずかしながら今までスズメやハトしか見えていませんでした」と呟くと室伏さんは、大きく頷きながら「まだまだいますよ。例えばここの上空にはハヤブサやトビ、ミサゴが現れるんです」と海岸に面した裏通りのビルの上を指差した。猛禽類の本来のすみかは岩場。しかしコンクリート・ビルディングが立ち並ぶ都市空間は、環境に順応した彼らにとっては岩場も同然なのだ。

 さあ、さらなる野鳥を探しに、次は山へ向かおう。

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「シラサギ類はくちばしや目元で見分けよう」「チュウサギやコサギは東京の公園でも見たよ」

案内=室伏友三 文=渡海碧音 写真=佐藤佳穂

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室伏友三(むろふし ゆうぞう)
1948年、神奈川県生まれ。野鳥研究家。日本大学大学院修士課程修了後、34年にわたり公立中学校で理科の教諭をつとめる。その後、湯河原町議会議員を経て、日本鳥類保護連盟の専務理事やコアジサシ研究センター長などを歴任。

――この続きは本誌でお読みになれます。渡り鳥の数が多く、落葉後で鳥の姿を発見しやすい冬。野鳥観察の初心者にもおすすめなこの時季に、自然豊かな熱海をご案内します。このほか、青空を舞うオオハクチョウや鮮やかな青色が印象的なルリビタキなど、全国の鳥を撮影する写真家・山田芳文さんによるグラビアもお見逃しなく。美しく可愛らしい冬鳥の姿に、心洗われるひとときをお過ごしください。

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H12月号特集トビラ画像

[特集]冬、野の鳥に会う
[エッセイ]  ようこそここへ、冬鳥さん
文・絵=平野恵理子
山田芳文さんのフォトアルバム(1)山野編
[紀行]野の鳥が集う、熱海へ――
[コラム]日本人と野鳥の話
談=安西英明
山田芳文さんのフォトアルバム(2)水辺編

出典:ひととき2021年12月号




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