生き方を見つけた時間(作家・阿川佐和子)|わたしの20代|ひととき創刊20周年特別企画
旅の月刊誌「ひととき」の創刊20周年を記念した本企画「わたしの20代」。各界の第一線で活躍されている方に今日に至る人生の礎をかたち作った「20代」のことを伺いました。(ひととき2021年10月号より)
私の20代は暗かった……。大学に入ってはみたものの、究めたいものがあるわけじゃない。いずれ、専制君主的な父とは違う、やさしい人と結婚して家庭に入るのが身の丈にあった幸せだと信じて就職はせず、専業主婦になったら自宅に工房を作ろうと、好きな編み物や織物を習いながら、お見合いを続けました。でも、数打ってもお見合いはちっともまとまらない。このままどうなるんだろうと思っていたとき、TBSのプロデューサーから電話がかかってきました。
父と出た雑誌の記事を見て連絡をくださったそうで、私はフランスを3週間取材し、朝の生放送番組でレポートすることになりました。まったくの素人ですし、テレビの仕事に野心はなかったけれど、次々結婚する友人への祝儀や編み物の糸代のための、割のいいバイトにはなると思いました。面白かったのは父の反応で、反対するかと思ったら、「その時季のフランスは牡蠣が美味いぞ」って(笑)。
そのときの関係者が声をかけてくれて、2年後、報道番組のアシスタントになりました。とはいえ政治も経済もわからない。怖いボスに怒鳴られ、びーびー泣く毎日。
それでもなぜか6年続いて、私は30代になっていました。原稿を書く仕事も始めていましたが、ずっと自分は中途半端で「胸を張ってこれができますと言えることがない」と思っていました。当時のプロデューサーにそう話したら、「世の中みんなスペシャリストでも仕方ない。専門家と専門家とをつなぐ仕事があってもいいんじゃない」と言われ、うれしかった。泣けましたね。
本も読まないし、インタビューで人の話を聞いたり、原稿を書くのも本当は苦手です。そんな苦手なことが本業になったのは、きっと神様が、私は放っておくとぼーっとして、寝てばかりいるから、苦手なことをやりなさいと運命づけてくれたんでしょう。
三宮麻由子さんの『鳥が教えてくれた空*』という本に、鳥は神様の箸休めに違いないとありました。鳥は非力で小さな存在かもしれないけど、もしもいなくなったら味気ない。私もメインの料理を引き立てる小さな皿の箸休めみたいな人間になれたら。今はそんな気持ちでいます。
*集英社文庫。4歳で視力を失った少女(著者)が鳥の存在と出会ったことによって感性を広げ、前向きに生きていく。ひたむきな毎日を綴ったエッセイ
談話構成=ペリー荻野
初めてづくしのフランス取材も、周囲のサポートで乗り切った!
阿川佐和子(あがわ・さわこ)
作家。1953年、東京都生まれ。慶應義塾大学文学部卒業後、編み物職人を目指して様々なアルバイトを経験。1981年、TBS「朝のホットライン」でリポーターを、その後は報道番組のキャスターを務める。『ああ言えばこう食う』(檀ふみとの共著、集英社文庫、講談社エッセイ賞)、『聞く力』(文春新書、菊池寛賞)など著書多数。
最後までお読みいただきありがとうございます。いただいたサポートは、ウェブマガジン「ほんのひととき」の運営のために大切に使わせていただきます。